芽、目、眼

何だかわかりますか?

花芽を見て、後10日程で開花するかなぁ・・・どうかなぁ・・・と想いながら来週にまた会おうね~と後にしました。

枝の皮の様相やつぼみのふくらみ、この季節から桜だと想像がつきますよね。

ドアップで見ると、細かいことによく気が付きます。そしてさらにドアップで見ようとする。ドアップで見て掘り下げていけば、一滴の血液が体の状態を伝えているようにきっと根の状態も花の咲く時期もこの樹のもつ特徴やメッセージを受け止めることができて全体像を把握できるのかもしれません。

掘り下げて理解できるようになるにはどんな濃密な時間を過ごしたかに比例するのかな。それによって瞬時にわかることもあるかもしれません。

それも一つの見方で一つの生き方。

掘り下げてみるのとは別に、離れたところから全体像を捉えてこの樹を見ることもできます。きっと鳥がどこの枝にとまるのかを探してこの樹の全体像を伝えることもあるのでしょう。

見方はいろいろ。

鳥の目、虫の目、魚の目という言い方をすることがありますね。

鳥のように遠くから全体をみる目

虫のように深く、詳細を知る目

魚のように流れを見失わない目

赤ちゃんのような曇りない眼とは違う私は雲煙過眼の境地にたちたいなんて思ってしまう・・・けどそれも、きっと多眼ゆえに養われるものなのだろうな・・・

 

 

冬を越して

根付く

日に当たる時間も短くて、冬の乾燥した空気、冷たい気温に縮こまっても、ぎゅっと引き締まり強くなってました。

徐々にあたたかくなってきた季節に背伸びしたラベンダー。今年は花どれくらい咲くのかな。

ミントは横に横に広がりをもたせて冬を越し、今度は太陽目指すように上へ上へ伸び始めました。

セージはどんどん新しい芽吹きを迎えて、根づいた分、幹がさらに太くなりそうです。

夏頃はとうが立っていたパセリが縮んだように思ってたら

茎が太くしっかりしていて、さらに強くなっていました。

花は美しいです。その花が咲くのは土の中でどれだけ根付き、冬を越し、こうした花が咲ける状態になってからある姿です。そこを見落とさないようにしようといつも教わります。

私は花も好きですが、こうしたプロセスが本当に愛おしい。

気付かれにくい部分であるけれど、ここを知る人で在ろうと思います。

 

花咲け~。何で花さかんの?形そろえなあかんやろ。もっといっぱい咲いたら収穫できるのに~。

時々、人間社会の中にいたら自分がこんな風になる気がして自分で自分に嫌気がさすときがあります。そうならないとダメな気がして・・・

のまれたくないって思ってしまう自分もいるし・・・ぐちゃぐちゃ。

この子たちには不思議とそんなこと微塵も思わないのに。

強くなったね~。花咲いたね~。今年の冬はやっぱり寒かった?あたたかくなってきたね。って感じなのに。

歯がぐらぐらするのはなぜ?

春のお別れ遠足

雨で延期になっていた遠足が今日ということをちゃんと数え待っていた子ども達。朝の寝起きまでよくて準備も早い。年長のお兄ちゃん、お姉ちゃんと最後の行事、お別れ遠足。子どもたちにとっては楽しみの日。いつもより早めのお迎えで今日は歩いて帰ってきた。帰路での子ども達の半分解読必要な話をきく。子ども達って「楽しい」をいつもお裾分けしてくれる。

「こう行って、ここがお家~♪♪♪」

歯がぐらぐら

2日ほど前、「お母ちゃん。歯がぐらぐらする」という一言にやけに胸がじーんとなった私。

子どもの成長がこれほどまでに嬉しい。

母親であることを堪能させてくれる小さな瞬間はなんでこんなに幸せなんかなって。

歯の観察

歯がぐらぐらして、大人の体になっていくよーというサインと私は思ってる。大人の体になるとは子どもを産める状態になっていくということ。ぐらぐらはじまったら、そうやって体の中が成長しはじめているってこと。

前歯(切り歯)が生え変わったら、どんな野菜が自分で噛み切れる。

糸切り歯(犬歯)が生え変わったら、お肉や魚もしっかり食べて消化できる。

奥の歯(臼歯)が生え変わったら、自分の噛む力ですりつぶして食べて消化できる。

人間がどんな食べ物をどんな割合で食べる生き物かも歯が教えてくている。

子どもの歯の間は消化負担を考えながら食べていけばいいということをちゃんと体が教えてくれている。

自分の体を知ることは大事。そんなこともちょっとは話していこうかなって思う。

何を食べさせればいいの?お料理の仕方どうしたらいいの?

歯、見たらわかる。母子手帳はあくまで参考程度で私が信じるのはこうしたおばあちゃんの知恵。

子どもの成長、その子、その子に応じた体の変化見たらいい。

抜けたら・・・さて、どこで投げようか?

下の歯が抜けたら上に向けて投げる・・・懐かしいな(*^_^*)

AIをうみだそうとしている時代

人間力

未来はAIによって職業がなくなるとか言われていることに一筋の光を見出したいと思いませんか?子を持つ親としては・・・

まだ訪れてもいない未来を不安だらけだと語りたくない。

これは私の考えですが、グローバルな視野で、ローカルに生かしていくという気持ちがあります。世界中がつながっているんだから・・・

殴り書きしていた私のメモ整理してたらでてきた、世界の大手企業や主要団体が加盟する世界経済フォーラムで発表されたTOP 10 SKILLS in 2020(2020年に必要なスキル、ランキングトップ10)

1.Complex Problem Solving(複雑な問題解決力)

2.Critical Thinking(批判的思考)

批判的という日本語ですが、否定、非難、攻撃と捉えがちにされる批判の意味ではありません。Criticalって言葉は自分の考えに「本当にこうなのか?」という考えをもつことのことです。

3.Creativity(創造力)

4.Peopole Management(マネジメント力)

5.Coordinating with Others (人間関係調整力)

6.Emotional Intelligence(情緒的知性)

7.Judgement and Decision Making(判断、決断力)

8.Service Orientation(サービスの方向性)

わかりにくいと思うので、以下転載・・・・・・・・・

  • UI(ユーザーインターフェース、見た目やデザイン)
  • UX(ユーザーエクスペリエンス、サービス体験そのもの)

を良いものにする判断力、決断力です。

PDCAを回す力や、実際に消費者に聴いてみるフットワーク、消費者の気持ちになって考えるクリティカルシンキングなど、複合的なスキル。

転載元:https://brave-answer.jp/12840/#outline_2

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

9.Negotiation(交渉力)

10.Cognitive Flexibility(認識の柔軟性)

固定概念にとらわれないという意味です。

 

このTOP10スキル。なんかAIがどこまで進歩するかはわからないけど、人間力という言葉にまとめることができると思いませんか?

人間らしさを問う

人間力、人間らしさみたいなことを聴くことがありますが、イマイチそれって何やねん?って思います。

おもしろいのは、AIやグローバル社会の中で新しい技術をうみだしている世界の大企業などが直面している問題、または、求めているスキルだと読み取れるということと、それと同時に、こうした人材の確保につとめてさまざまなモノ、コト、体験、そして経済活動をうみだしている、または、いこうとしているということ。

ここにはどうもAIには実現できそうにない人間だからこそ問われる力ともいえるのかなと。時代が変われど求められるスキル何て変わるモノ。ルールなんて書き換えられていくものだとは思っていますが・・・

人間力、人間らしさとは何かが見えてくる気がして・・・どうも生物学的な、自然界の一部であり動物であるという一面と、どうも、文明、文化的な渦の中にいて、進化する動物という一面が重なり合っているという過程にいる段階(時代)であること・・・

そういう過程(時代)の中に生きていて、今を見るとおもしろいな~って。

流されていてはどうなのか、私が思う経済主導のこの世の病「自分さえよければ病」にかかっている状態では、AIに飲み込まれるってことだと思うなぁ。

ミヒャエル・エンデのモモの世界は予言書に思えてならない・・・

人が動くときって、自分事と思えたときなんじゃないかと思う。すべてを自分事と思うのは難しくても、自分で考える力があれば、ここを失っていては果たして・・・どうなるのかとも思ったなぁ。

(大志が描いたドラえもんが上達してることにびっくりした!!!)

あれ?私が子どもの頃、ドラえもんって21世紀から来たって言うてなかったっけ?

今は22世紀からって設定みたい???

このTOP10スキル、22世紀?からきたドラえもん(AI?)は持ってる気がした(笑)

 

子どもとお金

おこづかい

LEGOにはまっている大志が、「このLEGOがほしいねん」と言ってきた。家にはいっぱいLEGOのパーツがある。工夫して作ればいい。でも、LEGOの説明書などにはいろんな種類のレゴシリーズの宣伝が載っていて目新しいものを見ると「これもほしい」という欲望を掻き立てられるみたい。

「ほしいなら、お手伝いしてお小遣いを貯めて自分で買ったらどう?」と言ってみた。5歳、男子、理解したのか理解していないのか?私もこんなこというのは早いのか?と思いながら・・・

お金も知らない。お買い物を一人でしたこともない。私が買い物する時に傍でレジでのやりとりを見ているくらいの子にねぇ・・・と思いきや、「お手伝いしたい」と言ってきた。

「よし。めいっぱいさせようではないか」と私もウキウキ。

お手伝いは仕事

お手伝いは晩御飯を一緒に作ることからスタート。でもね・・・自分が食べるご飯を作ってお金をもらうなんてことは仕事じゃない。みんなが「美味しいね~」ってなるようにできてこそだということ。途中で「できない~」って泣き寝入りするのも仕事じゃない。だから、大志には、してみると言ったことが最後までできたら出来栄えによっておこづかいをあげる約束。わかってるかはわからないけど、私も頑固だから曲げない。

2月くらいから始まった「お手伝いでおこづかい」

さて、大志はレゴを買えるまで続けるのかな???

「今日の晩御飯はうどんにする。」と言ってきた。材料を伝えると冷蔵庫からとってくる。出汁をとるための昆布をお鍋に入れる。しょうがをすって、つくねをつくり、うどんをいれて、ぐつぐつなったら水菜をいれて・・・大志の好きな湯葉を最後にちらして、ゆで卵もかざる。

手順を伝えて、大志のセンスにまかせる。

まこから「うわぁ~おいしそうね~。まこちゃんもお野菜食べるで~」って嬉しいお言葉が(笑)

大志、仕事したね~って。

認識の肉付け

大志のおこづかい、一緒に数えたら580円にまでなっていた。

1円玉からはじまり、5円、10円、50円、100円玉が入っている。お札はまだない。

でも、今日の保育園で作ってきた作品の中に・・・

お札があった。お金の認識がはじまっている。お金という認識にこの子はどんな風に肉付けしていくのだろう?

お金って何?って何から教えたらいいのか私にもわからない💦

でもね、自分がした仕事に誰かが喜んで、それでいただくおこづかい。

誰かの役に立って得た対価なら、誰かの役に立つ使い方をしてほしいという親心がふつふつと・・・

まぁ、親心、子は知らずというのは本当だね。

「あんな~。仮面ライダービルド買うねん」ですって。その時はそれ、終わってそうだけどね。

果たしてどう使うのか見物させていただこうっと。

インテリアグリーン

インテリアグリーン

育てる楽しみ。季節をきりとり眺める楽しみ。

床にプランターをどーんと置く。天井から吊るす。壁に埋め込む。棚板に小さく飾る。小物や雑貨とあわせる。ドライフラワーにする。生け花にする。

どんな方法にしても、暮らしの中にグリーンがあると人は豊かな気持ちになることがどうもDNAに刻み込まれているのではと思ってならないです。

私の短い人生の中で、植物があるくらしは嫌な気持ちになるという人に出会ったことがありません。

逆にポンとあるだけで、やさしい心で会話がはじまることがほとんどな気がします。

子ども達でさえ、教えたわけでないのにいつの間にかプレゼントしてくれます。

「嬉しい気持ちになるな~」なんて言います。

自由と感謝

ちょっと飾るだけでいい。身近に命を感じる暮らしは愛おしい。

我が家では先日の菜の花畑の菜の花が一気につぼみがふくらみ花咲いた。

花咲く瞬間は足並みそろえたみたいに咲きだす。小さな変化を見落とさずに感じられる心のゆとりを持っていたい。

水を吸う勢いがすごい。生命力を感じる。楽しみを与えてくれる。五感を刺激してくる。

自由であることも感謝そのもの。

我忘れながら我振り返る

小説の世界

読みだすといろんな登場人物の人生、性格や考え方にふれて、まるでその登場人物になったかのように感情移入して我を忘れる。

それなのに、ふとした描写や一文ではっと我に返り、自分を振り返ることもある。

まるで疑似体験をしたかのような感覚と、自分を俯瞰してみる感覚とが交錯してくるとき、ぽつんと小さくても何かがはじける瞬間みたいなのがある。

物語とは違う小説という世界。

寝不足しても、朝起きやすくなってきた季節にははまってしまう・・・

下があるのに気が付かず買ってないという今晩💦

私って・・・はぁ・・・

今日は寝よう・・・

なつかしいパン

10年以上前から・・・

私、神戸、三宮にいく機会があったら必ず寄るところがあります。

さんちか7番街にあるハウネベーヤというパン屋さんです。お店は小さくて、通り過ぎてしまうような感じですが、いつ行っても変わらずある玄米パンと十五穀米パンが嬉しいんです。

大学入学して間もないころ、出会ったパン屋さんです。玄米パン、十五穀米パンを買って、美味しいなぁ~。やさしい味だな~。って感じたことが忘れられず残ったんですね。玄米パン、十五穀米パンを選んだのは、「お米がパンなら腹持ちするかも」という理由でした(苦笑)

もともとごはん派であまりパンを買って食べることがなかったのですが、(パンはすぐにお腹がすくから貧乏時代には、パンは痛い出費でした。)

動機はともあれ、食べた時にパンが美味しいって思った出来事だったんです。単にパンが久しぶりだったからかもしれませんが・・・

美容学校に通いだした妹が神戸に来た時に、「ここのパン美味しいねん」ってせっかく神戸に来たから、この感動を分かち合いたいと食べてもらったら、

「まぁって昔からおばあちゃんみたいなん好きよな」

としれっとばっさり言われてチャンチャンって気分だったこともあります(笑)(おねーちゃんと呼ばれず、まぁと呼ばれています)

(これは、おばあちゃんみたいなのか???)

それでも三宮に行ったら、玄米パンと十五穀米パンを買うのが楽しみで、変わらない味が嬉しいのと、そして、貧乏時代に出会った忘れられないパンだから今も食べられることの感謝を思い出すんです(笑)

今では・・・

先月、住宅ローンアドバイザーの試験で三宮に行った帰りにもやっぱり寄りました。

いろいろあるけど選ぶのはやっぱり玄米パンと十五穀米パン。

今では、夫の両親にもお土産にします。まとめて多くを買うことはしません。明日の朝に食べる分だけ。

朝食にだすと今は子ども達のおかげであっという間に私の分がなくなります。

たまにの楽しみが味わうどころか、噛みしめるどころか、堪能するどころか、一瞬で目の前からなくなるんです。

一つを食べるどころか、一切れを食べられるかという今ですがそれもまた想い出になりそうですね。

私にとって三宮でパン屋さんと言えば、ハウネベーヤの玄米パンと十五穀米パンです。

人気だからか、焼きたてで買えることが多いです♪

食でいつも思うのは、安心安全な材料も大事ですが、そればかりではないということです。

ここのパンは材料も厳選されていますが、それは後で知ったことです。

今では子ども達に材料もですが、「おいしいやろ~」って一緒に食べられる時間を大切にしたいです。

 

バーテンダー??

ジュースBar

バーテンダー、大志。

シークワーサーしぼり汁100%。高砂はちみつセッティング。ここ最近は蒸留水でなく、なんと私の真似して炭酸割りをはじめよりました。

私が自家製梅酒をちびりちびり炭酸で割って一杯やってたので💦

シュワシュワ~♪♪♪って・・・うれしそうーに(笑)覚えたね~。

まぁ、一杯やろうか。

子どもってジュース大好き。糖分、エネルギー欲するのはよーくわかります。

ジュースはジュースでも何が入っているものを飲ませるのかは考えたほうが本当にいいですね。小さい体です。一生懸命体がつくられていますから。液体にとけたら体に浸透ダイレクトです。

飲みすぎダメダメはしたくない。

ほどほどに、OKだせる程度どれくらい?何なら楽しく飲める?

難しく考えずに飲むなら大人がお酒のむのと同じ感覚で、子ども達だって一緒にジュースでかんぱーいって楽しみたいよなぁ~。

我が家でジュースと言えば

柑橘系果汁(シークワーサーしぼり汁、レモンしぼり汁など)と水(我が家は蒸留水)を2:8くらいで割って、ほんの少しの蜂蜜をティースプーンで混ぜて混ぜながら飲むというスタイルが主流です。

これを今ではすっかり自分で作る大志です。

 

「まこちゃんもいるかぁー?」ってつくるところがやさしいね(*^_^*)

「おかーちゃんもー」って言ったら、「えっ!お酒のんだやん」と言われてしまいます💦

はっはい・・・そうですね・・・おかーちゃんがまずは1杯までにしとかないとね💦

示しがね・・・ちゃっかりしているバーテンダーです。

桃の節句に母として・・・

菜の花畑

友達がSNSに更新していた花さじきの写真の影響で( *´艸`)

菜の花畑に行ってきました。大好きな場所です。休日900円になった明石海峡大橋。前より気軽に行けます。

満開の菜の花畑、あいにくの霞み具合でしたが山の中で森林浴しながら、360℃海の景色が見れます。小説菜の花の沖と風の谷のナウシカを思い浮かべてしまいました。

写真撮影する人が多くて、インスタの勢いをあちこちで感じました。こう撮ると菜の花のじゅうたんですが、

こう撮ると

当たり前ですが、畑なんです。

見方を変えると感じることがありますね。

菜の花じゅうたんは、一期一会だということ。

人の手で手入れがなされ循環していること。

美しいと感じる部分はほんの表面だということ。

 

地球2.9個分

エコロジカルフットプリントという指標をご存知ですか?

この指標によると日本人と同じ生活を世界中の人がしたら、必要な地球の数は2.9個分。

詳しいわかりやすい資料はこの写真をクリックしてご覧下さい。

いろいろこうした指標というのがありますし、ちょっと問題だねということをこうするといいんだよということも書かれています。

ですが、私たちが身近なことにどれだけ直結してピンとくるのか?と考えた時、ぽっかり穴があいたような、ほつれがあるような・・・。まるでリーキーガット症候群みたいって・・・そのほつれは教育の役割大きいのかなと思ってしまう訳です。

 

裸足で遊ぶ

帰りに県立淡路公園の芝生広場。子どもたちは靴を脱いで裸足で走り遊びまわります。アーシングにぴったりです。

一面芝生で裸足でも安心です。気持ちよく利用して、帰る。「来た時よりも美しく」なんて昔教わったことを思い出します。

子どもたちよ。「ありのまま」を掛け違えないでいこうか。自分の個性そのまま大切にすることと、ありのままではなく律していく必要がある生き物が人間だということと・・・

そんなことを思った桃の節句でした。

私は、母として、あなたたちに考えることを提供していきながら、「こういう時には身近なことではこうすればいいんかも。」とか、「あっ!これなら楽しくできるね♪」ってことを一緒にする人で在るからね。私は静かに日々努めますね。