2018年大晦日

年末年始のお知らせ

今年の晦日も大晦日も例年通り家族揃ってお正月を迎える準備が出来ました。

これもひとえにご愛顧いただく皆様のおかげだと感謝しております。

この度のお正月は大型連休だと言われていますが、私たちは今日仕事納め、そして年始は4日から始動しております。

寒さが増してきますが、あたたかくお過ごしください。そしてご家族皆様良い信念をお迎えください。

平成最後の大晦日

少し早めに仕事を切り上げて帰宅した秋田大工の一言でいつものお宮さんへ一年の無病息災の感謝を伝えに行きました。

帰路につく途中に夫婦揃って「いいね」ってなったのがこの雰囲気。塀の瓦が冬の空から射す陽の光でいぶし銀が輝いて見えたのです。梅文様の瓦に渋い味わいの垂木、未だ白く強い漆喰に竜山石の3色。時を経ても美しさがにじみ出るのは単に自然素材だからとかでなく、人の手の合わせ方を感じずにいられませんでした。

もう一つ発見があったのは、天川に鴨が1匹着水したあとにできた波紋の先にチヌ(黒鯛)が泳いでいるのを夫が発見。

写真中央。縞模様がはっきり見えたチヌ。

倫理の根源=住処

彼らの慣れ親しんでいる場所は海水の中で、時に川を少しのぼることもあって、好みの住処にふさわしい場所があるのだろう。決まって橋の下のあたりに群らがっているのを見かけます。

最近はまったスピノザのエチカとリンクしてきます。

倫理(ethics)の語源はギリシア語のethosエートスなのですが、おもしろいのはこのエートスという意味が慣れ親しんだ場所、動物の巣、住処を意味していることです。

倫理とは自分がいる場所でどのように住み、生きていくかという問いがあり、自分の住処でどう生きるかを考えていくことだというのです。

学校の授業に道徳というのがあったけれど、道徳は何か問題があること、解決したいこと、現状打破のために何か一歩超えようとする提案、価値観や判断基準を上から押しつけ多数派に持っていこうとする感じがあります。

そこには慣れ親しんだ場所でもなく、どう生きていきたいかという問いや考えを住処で行うこともない気がしてしまうのです。空虚感がうまれてしまうことがある気がします。

平成30年時代を振り返ってみても何かリンクしてきてしまいました。

良書で響いて離れない心の平穏といつも身近にある何気ない平穏がリンクすることが普通にあるのが私にはキュンとなるポイントで・・・

その気づきをいただけることがおもしろいです。

感謝は表現しないと感謝でない

感動という言葉そのままに紐解くと、気持ちは発しないことには伝わらない。今年も私なりの表現で料理をしました。

今年は家族皆で正月にすき焼き、2日はふぐ鍋をしようということで、御節も箸休めになるように準備しました。

両親に感謝を込めて

こちらは私たち家族の分

久しぶりの投稿になりましたが、本年度のご縁に心から感謝しております。本当にありがとうございました。

 

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