経営理念、人生の目標まとまりました

現場の大工工事が終盤に近づいてきた為、元請け会社のN-bacic(エヌベーシック)さんが珪藻土塗り壁ワークショップを施主さんとその友達でされるということで、僕は今日明日と現場を空けて自宅で第二領域に取り組んでいます。
ちなみにN-bacicさんは「Nature bacic=自然が基本」という意味で主に自然素材を使ったリフォームに特化されていて、僕が一人親方として独立する前から、もう10年ほど仕事をさせて頂いています。
僕自身の仕事にも(勝手に)仕様を取り入れさせて頂いています。
昨日参加した職人起業塾のすみれ建築工房さんとも「ひょうご木づかい王国」などで親身なお付き合いをされています。
前置きが長くなりましたが、溜まった自分のミッションを達成するなかで、まずホームページ作成依頼先のゾロアスタ高橋夫妻にご迷惑をおかけしない為にもまずそのHPに必要な文言をまとめることをしました。
ある程度の参考に文言を入れて頂いているので、それを参考に自分の想いを文言にしていきました。
文章の構成に悩んでしまう僕にはとても有り難いです。
その作業をしていくなかで、Sone base(そねべーす)の方向性、目的が明確になり、「経営理念」の明確化、そして「自分の人生の目標」の文言の整理が出来てしまいました。
参考になる文言を入れて頂いていたことでこんなにスムーズにことが進み、高橋夫妻のサポート力を実感しました。ありがとうございます。
またそれとは別に、ガンになった経験をブログで発信するようになったことで、自分の今の志の原点に帰り、じっくり考える時間がとれたことも、経営理念・人生の目標を明確化することに大きく寄与しています。
またガンになって得た気付きが自分の強みになっていることにも気付きました。
ガンになった自分の経験を人のために(もちろん自分のためにも)発信した結果、大きな成果が自分に帰ってきました。
まだまだ少しずつ変わっていく可能性はありますが、経営理念と人生の目標を紹介させて頂きます。
「経営理念」
子供たちが安心して成長できる環境の提案・提供
「人生の目標」
子供たちが安心して成長できる環境の構築と啓発
ほとんど一緒ですが、自分の生き方と仕事の方向性が一貫していて良いと思います。
HPに載せる文言も我ながら(ゾロ高橋夫妻のお陰も大きいです)いいのができましたが、完成したらまた見てください。
ゾロ高橋夫妻の仕事は、昨日の職人起業塾のテーマの1つ「最高の仕事」そのものと言っていいと思います。
ちなみになぜこのような経営理念になったかは以前のブログ
http://sonebase-daiku.seesaa.net/s/article/443149343.html?seesaa_related=category
を参考にして下さい。
経営理念、人生の目標が決まると今後の行動がスムーズになりそうです。
時々見直して行きますが。

第38回職人起業塾

毎月恒例の学びの時間を過ごしてきました。
この勉強会に参加していて、とても価値ある場を与えて頂いていることに改めて気付くと同時に、志を高く持とうとする人たち約30名が一部屋に集まった状態が、とてもいい雰囲気に感じました。
今回のテーマは
①あなたにとって「最高の仕事の定義」は何ですか?
②あなたを信用してもいいというエビデンス(根拠)を答えて下さい。
でした。
まず①最高の仕事の定義
みなさんの発表を聞きながら、僕の考えてきた答えより具体的に考えてきてるなーと感じました。
今までは、自分の体裁を意識してか出来るだけおかしくない発表しようと構えていましたが、
今日は、「この場はええカッコする場ではなく、間違ってもいいからどれだけ多くのことを学べるかが大事」だと思い、自分の考えをまとめることよりも皆さんの発表を聞くことに徹しました。
もちろん事前にテーマの内容を聞かされているので、じっくり考えて来てはいたのですが、詰めが甘いというか設問をちゃんと理解出来ていなかったです。
自分の発表は、
「『自分の強みは何か、どうすれば感動して貰えるか』と日頃から試行錯誤しながら蓄積してきたことを行う仕事が最高の仕事の定義です。」
と答えました。
が、それはプロセスでそれによって得た具体的な答えが必要だったように感じました。
それも事前に考えてみたのですが、パッと思いつくものがなく、「全然蓄積できてないやん」と思いました。
しかし最高を目指している過程で自分では気付かぬうちに副産物として最低の部分がボトムアップされているのではないかと思っています。
というのも今までは普通だと感じていた他の人の考えや行動が、あまり好ましくないように感じることが増えてきたからです。
「最高の仕事」というテーマと話がズレますが自分の最低部分が平均して上がっていると感じました。手前味噌ですが。
あと、プロセスではなく、「自分にとって具体的な最高の仕事」をこの1ヶ月深く考えてみたいと思います。
続いて②あなたを信用していいエビデンス
答えはいくつか用意していましたが、
「共感される考え方(があるということ)」がエビデンスで、
再び具体的には、
ブログでも発信している「分け隔てなく人を思いやることを目指して生きたいという考え方」が自分を信用してもらう根拠・証拠になると思っています。
その後懇親会で他の参加者と話をするなかで、僕のことを
「素晴らしい」とか
「奥さんや子供さんとも仲よさそう」
と散々褒めて頂きました。
自分でも前から気になっていたのですが、ブログでいい事ばかりしか書いてない為いい人に見られているのではないかと思います。
しかし実際には家で嫁に偉そうにもの言うことも多々ありますし、喧嘩もよくします。子供の成長を見届けたいとか言いながら、実際ひどい喧嘩をしたときは「もうこんな家族どうでもええわ」と投げやりになってしまうこともあります。
子育てといっても正直放ったらかしですし、気に入らなければ、冷静に厳しく注意できる時もありますが、結構感情に任せ怒鳴ってしまうことも多々あります。
だからあまり褒められるとこそばいです。
その後ギャップについての話を聞きました。
実際の印象にギャップがある人間の方が人間としての面白味があるという話でした。
多分僕はクソ真面目な印象を持たれていると思うので、少しずつ面白味のある人間を目指して行きたいなと思いました。そんなこと言ってる時点でおもんない奴ですが。
自分の場合普段人に見せていない一面を見せるだけで充分ギャップがあると思います。
それと肝心のミッション報告。
先月のミッションは「自分の哲学の明確化」です。後日ブログで投稿出来たので達成です。
今月のミッションは「自分にとっての最高の仕事の具体的な定義を考え報告する」です。
他には
「自分の人生の目標をもう少し分かりやすくまとめたい」ことや
「企業理念、経営理念(というと大袈裟ですが)を明確にしたい」ことなどもありますが、それは先送りするとして、
先々月のミッションである「住宅ローンアドバイザーの試験」がもうすぐ、また今ホームページ作成依頼中でそこに載せる文言の整理も放ったらかし、そしてキャルファーム神戸のAT塾のミッション「ボランティア先への問い合わせ」もまだですが確実にこなしていこうと思います。
あー忙しっ!
2速ぐらいでただアクセル踏みっぱなしな感じなので、これらのミッションが自分の目標と直結しているか、自分にとっての第二領域か(緊急でなく重要なことか)を照らし合わせ、本当に必要なミッションをギヤを上げてゆとりを持って行動して行きたいです。
てゆうかミッションとギヤって表現が車のそれそのままで紛らわしいですね。ミッションとは役割のことなので意味は繋がりました。

人生の目標

自分が今年の初めに決めた終身の計は「愛が循環する人生」です。
分かりにくい文言ですが具体的には、
損得勘定抜きにお互いを思いやり助け合うことができる関係を築くことです。
正直、自分の仕事とは直結していませんが、今はそれでいいと思います。
ただ、その文言をもう少ししっくりくる言葉にしようと考えています。
今のところ
「損得勘定抜きに助け合える関係(または社会)を築く」
です。
まだしっくりきていませんがそれは後日直していくとして、
なぜこのような終身の計にしたかというと、
人生の目標を決めるとき、自分の好きなことに関する目標を立てる場合もありますが、僕の場合「こんな思いは二度と味わいたくない」といった不甲斐ない経験からくる動機の方が強いです。
2年前に肝臓に転移が見つかり、無事に手術で取ることができても再び再発・転移する可能性が非常に高く、5年生存率12.3%というエビデンスを聞かされてからゲルソン療法に出会い希望が持てるようになるまでの約3ヶ月の間に「自分の命を失うことよりも、まだ小さい子どもの成長を見守ることができなくなることの辛さ」を味わい、「この先自分の目も手もの届かないところで子どもたちはどうなってしまうのだろう、もし何かあっても自分がこの世にいなければ何もしてやれない」という親として不甲斐ない思いを味わいました。
子どもを見守れるのが家族だけではなく、それ以外の周りの人々も見守れる関係性であれば、こんな不甲斐ない思いをせず、何があっても安心でき、それはお互いにとっても良い関係性であると思ったからです。
今まで生きてきて自分ではこのときの経験が一番強いと思っています。
ではなぜ目標設定するのかというと、その当時
「どうせこんなに早く死ぬと分かっていたらもっと何でもしていただろうし出来た筈。死ぬことに比べたらその気になれば何でも出来る。」
という、それまでの自分の人生に納得していない自分がいました。
そんなことから、次死ぬときにまた同じような思いをしないように「以前とは違ったアプローチで(模索しながらですが)一生懸命生きて行きたい」という気持ちがあります。
自分でも不器用なことは十分分かっていて、また熱し易く冷め易いという、いつコロッと考えが変わってしまうか分からない厄介な性格も持ち合わせていますが、そうなったらそうなったときのことで、今は今思う生き方を今まで通りして行こうと思っています。
これを書いていて読まれる価値のある文章が書けているか分からなくなってきました(苦笑)
今日はこの辺で。

アグリテインメント塾 vol.15

神戸市西区の農家 キャルファーム神戸の大西さんが主催する未来の売り上げについて考える月一の勉強会に参加してきました。
今回のテーマは
①「一生あなたに任せますという人はいますか?またその理由は?」
②ギヤを上げる。
「ギヤを上げるためにどんな行動をしますか?」
です。
個人的には一度考えたことのあるテーマですが、何度でも考える価値のある内容だと思います。
このテーマを考えた方は凄いなと思います。(笑)
まず①「一生あなたに任せますという人」について参加者が思う具体的な人は、
美容師さん(3名)、酒屋さん(2名)、紳士服屋さん(2名)、農家さん、歯医者さんなどなどでした。
そして肝心のその理由を実際のエピソードを交えながらそれぞれが発表していきました。
理由のみを言うと、
「中々他にはそんな方がいない」
「自分の要望を理解してくれて、プロとして先回りして良い提案をしてくれる」
「気配りが素晴らしい」
「無条件に信じられる」
「他の人(物)よりしっくりくる」
「人に勧めたくなる」
「無条件に応援したい」
などでした。
それらを一言でまとめると
「自分にとってしっくりくる」
という共通点がありました。
今近所の病院へ血液検査に来ていて、しっくりこない医師の診察のときを待ちながら「ほんまにそうやな」と思いながらこれを書いています。
逆に言うと「しっくりこない」ということは、提供する側にとって仕事を継続する上で致命的であると思いました。
続いて②「ギヤを上げる」
ギヤを上げるというのは、
車のギヤを1速、2速、3速・・・と上げて目的地までの移動速度を上げていくように、自分のしたいことや目的のために必要な行動をただがむしゃらにアクセルを踏み込むのではなくギヤを上げた行動をしていく、
という意味です。
僕の発表は、苦手なことを克服する又は挑戦することがギヤを上げることになるのではと思い、以前この塾の第2部のプレゼンをしてみないかと依頼され「まだ無理」と断ったのですがそれを挑戦してみることかなと発表しました。
しかし、「それができるようになって何を伝えたいのか、またその後実際にどういうことをして行きたいのか?」 という塾長の指摘によって、 自分でも以前から感じていた 「自分の目的が曖昧」 ということを痛感しました。 
苦手に挑戦すること・克服することは、何か目的を達成する上で良い方向に働くと思いますが、今回のテーマは「ギヤを上げる」で、目的地が定まらないままギヤを上げてもそれが活きるとは限らず、 「ギヤを上げることと目的地を定めることを両輪で考える」ということを学びました。 
今月の自分の課題として、自分の目指す目的地をまず定めようと思います。
第2部は姫路の大嶋家農場の串光さんのプレゼン。 
近々農家さんのプレゼン県大会があるらしく、そこで発表される内容のため、農家さん向けの内容でした。 
農業の技術的な話が多く、多少勉強にはなりましたが、それが実際どれぐらい新しいことなのか、凄いことなのかが素人の僕にはピンときませんでした。この塾の参加者の半数以上を占める農家さんたちはプレゼンで紹介されたことに熱く意見交換されていましたが、農業部外者の僕にとっては「ふーん」という程度で正直あまりというか全く興味が沸かない話でした。
(農家さんすみません) 
自分の関心ごと以外には興味を持てない自分がいました。
串光さん県大会頑張ってください。ターゲットを審査員に絞って、審査員が関心を持ちそうな内容はにすることが鍵かもしれませんね。(笑) 
大西さん串光さんはじめ、参加者の皆さんありがとうございました。
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写真は参加者のfbからお借りしました。

ガンになった経験 その10 (ゲルソン療法2泊3日のワークショップ)

ゲルソン療法を実践するにあたり、その本を日本語に翻訳された氏家京子氏が日本でのゲルソン療法の認定講師を指導する立場のゲルソンアンバサダーとして御活躍されていることを知り、千葉県の御自宅でゲルソン療法を始めたい患者などのためにワークショップをされていることを知りました。
治療メニューは本にも書いてあるのですが、実際に体験してみたい、本では分からないことを確認したいと思い、去年2015年の年明け早々子ども2人を両親に預け、嫁と2人で2泊3日のWSに参加して来ました。
参加して大正解でした。
食材や調味料が制限されていてほとんど『素材だけの味』なのに美味しいということ、またバリエーションが豊富にあることで、これなら続けられると確信しました。
そして氏家さんの御主人の食事中の以下の会話で、より続ける自信になり、続けたいと思うようになりました。
「現代の一般的な食事は、舌や喉越しで美味しいと感じ、胃から下の消化器がビックリするような食事をしている。
ゲルソンの食事は刺激的な味ではないが、消化器に優しいので身体にとって良い食事で、そんな食事が本来贅沢な食事なのではないか。」
「肉や魚を食べていないときの生ゴミの臭いは、それほど酷くない。
ということは、きっと腸の中でもそんな環境ということ。」
と野菜中心のゲルソン療法を苦なく続けることができそうな話をして頂きました。
WSのなかでは飯の時間が一番楽しみでした。
その他に学んだ内容は、
・自宅で治療するための環境の整え方
・食材などの調達先
・食事の調理法
・野菜ジュースの作り方
・サプリメントの種類と目的
・数種類の解毒方法の手順
・メキシコにあるゲルソン療法の病院の様子のスライドでの紹介
(アメリカでは代替療法が認められていないためメキシコのアメリカとの国境付近に代替療法専門の病院がたくさんあるそうです)
・血液検査について
・治癒反応について
・1日の治療スケジュールについて
・その他必要な考え方
などについてです。
この三日間のWSで吸収したことがその後の自宅での治療の礎になっています。
三日間の千葉にいる間、実家の母から子供の様子の写真が届きました。
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こんな小さな子ども残して死ねるかっ!て気持ちになりました。

ガンになった経験 その9(エビデンス)

前回、ゲルソン療法の本を読んだことで自分のガン治療に希望が見えてきたことを説明しましたが、少し話を戻して抗がん剤を始めた頃の心境を説明します。
その頃のメモが出てきました。
それを読んで感じるのは、自分のガン治療に関する知識・情報の少なさ、偏りです。
本やWebで調べていたとはいえ、調べていた内容は三大療法(手術・化学療法・放射線治療)や免疫療法(第四の治療法と言われている)などの現代療法が主で、それ以外の治療法については余り信ぴょう性のないとされていたのでそれほど意識していなかったようです。
抗がん剤について批判する意見もありましたが、現代療法しかエビデンス(科学的根拠、信ぴょう性、統計)が無いとされていて、数%の可能性しかない抗がん剤でさえ、エビデンスのない治療法に比べれば信ぴょう性があるという理由で受けることになりました。
しかし抗がん剤をしたところで、3年後の生存率が数%上がるだけで、5年後の生存率は抗がん剤をしなかった場合とほとんど変わらないという非常に効果の薄いものでした。
エビデンスがあるか無いか、高いか低いかが選択の基準になっていました。
抗がん剤をやめた後で調べて分かったことですが、このエビデンスというものは非常に厄介で、製薬会社が大学教授を買収してデータを捏造したことが明るみになった事件もあったようです。
下記のmatomeを簡単にまとめると、血圧降下剤の試験に関して、製薬会社 ・4つの大学・協力病院の三者のデータ捏造が発覚した。この製薬会社の元社員は抗がん剤の試験の論文にも関与していて、26種類の抗がん剤の副作用を報告していなかった。(600人以上が副作用で死亡)
http://matome.naver.jp/m/odai/2137524165663153201
また同じ試験でも違うエビデンスができてしまうこともあります。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=80716
産業化している医療業界においてのエビデンスは、僕にとって信ぴょう性のないものになりました。
エビデンスにとらわれ過ぎると井の中の蛙になることがわかりました。
ガン患者にとって頼りになるのは、主治医であり治療のガイドラインでありエビデンスでありますが、抗がん剤をやめるということはそれら全てに「NO」と言わなければならないわけで、命に関わる病気だけに大変勇気のいることです。
医療産業や食品産業の裏事情を少しでも知っておくことは自分の身を守るうえで重要なことだと思っています。
今日はこの辺で。
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がんセンターの朝食
なにか違和感感じませんか?

なんのために生きているのか(何を目標に生きていくのか)

「ガンになった経験」の続きの前に、最近感じていることを綴ります。
仕事復帰してから日々の日課をせわしなく繰り返していると、ふと「自分は何を目指しているのだろう」、「なんのために生きているのだろう」と思うことが何度もあります。
ここ最近資格の勉強をしているからなのかそう思うことが増え、この際ハッキリさせようと思い、この一週間ほどは現場への行き帰りの車の中で音楽を聴くのをやめ、その事について考えています。
生きていること自体にはそもそも意味は無いと以前から思っています。
ガンになり死を覚悟した経験を期に、一度きりの人生をもっともっと大切に生きたいと思うようになりました。
何を目標にして生きるのか、何に自分の人生を捧げるのかということが、自分の中でまだまだ漠然としていて、その目標をはっきりさせる為にもっとわかりやすく言語化する必要性を感じています。
自分の目指すところ(ゴール)をハッキリさせることは、本来最も重要な事であるはずなのに、今まで曖昧なままにしてきた事に気付きました。
20代の頃は仕事を覚え早く一人前になることが目標でした。30代くらいからはどうやって効率良く仕事をして稼ぐかということが漠然とした目標でした。
お金を稼ぐことは分かりやすい目標であると思いますが、お金を稼ぐこと自体には意味はなく、そのお金で何をするのか、なんのために使うのかということをハッキリさせない限りたくさん稼げたとしても曖昧なままであることに変わりないと思います。
今年の1月から参加した職人起業塾で、「一年の計、十年の計、終身の計」や自分の人生哲学を考えたりする機会を頂いたお陰で、ある程度はモヤモヤとですが見えて来てはいます。
高橋塾長の目標である「職人の社会的地位向上」のように、自分も目標をわかりやすい言葉に言語化できれば、日々の行動が目標と直結しているか把握でき、忙しい毎日を迷う事なく過ごせるのではないかと思います。
(1月に考えた)自分の終身の計は、「愛が循環する人生」としました。ボキャブラリーが少ないせいか、臭い文言になってしまいましたが、意味合いとしては、
「日頃から人と人との助け合いが循環することで、自分のようにガンなどの病気で小さな子どもを残して逝くことになってしまっても、安心出来るような社会、人生」
という意味です。
(先月考えたばかりの)自分の人生哲学は、
「地球上の全てのものは地球を介して繋がっている(循環している)ので、全ては同一のもの(自分も他人もない)なので、分け隔てなく思いやること」
です。
この2つの目標をわかりやすい文言にすると、
「社会的弱者が安心できる社会」
「相手を大切にすること」
               ・
               ・
               ・
短く分かりやすくまとめるには難しくて時間がかかりそうなのでもう少し考えてみます。
というか終身の計が人生の目標そのものなのでしょうが、自分のそれはイマイチ分かりにくい文言なので整理します。
中途半端ですみません。

ガンになった経験 その8 (ゲルソン療法 後編)

引き続き本の内容を抜粋しながらゲルソン療法を紹介させていただきます。
ゲルソン博士は、人体のナトリウム/カリウムのバランスの欠如によって身体の抵抗力が崩壊すること以前に、外部ストレスが体を不健康にさせていることも発見しました。
たとえば食べ物は、わずか3つの特殊なミネラル、窒素、リン、カリウムを施しただけの化学肥料の土壌で栽培されています。
植物が健全で強靭であるためには、52種類の異なったミネラルが要求されるのに、市場向け農場が普及するにつれて、化学肥料の土壌はそこで栽培される植物の栄養を欠乏させてしまいます。
人間もまた、食べ物にあるべき52種類のミネラルを要求しています。
それらが土壌に含有されず、食品に含まれていなければ、私たちは植物と同様、栄養の欠乏をきたすことになります。
そのようにして植物、そして人間は、欠乏症となり抵抗力を失ってしまいます。
また栄養の欠乏した植物はカビや細菌による病気や虫の攻撃から、
農夫は損失を避けるために殺菌剤、除草剤、殺虫剤を撒くはめになり、商業的に毒で栽培された食品で人間の身体を有毒にし、ついには病気にしてしまいます。
そこで、病気をはねのけ、健康を回復するためには、解毒と、生の新鮮で有効な栄養を体に徹底して流し込む必要があることは、明らかです。
その有効な方法として、コーヒー浣腸と1時間ごとに飲む搾りたての野菜ジュースがあります。
老廃物は、汚染された空気、悪い水、食品添加物、ウイルス、細菌、その他の有毒物質からなりますが、肝臓がそれら血液中の有害物質をろ過します。
肝臓に過剰な負荷をかけないためには、胆管を開いて溜め込まれた毒を放出させればいいのです。(※胆管が開くことで肝臓に溜まった毒を胆汁が洗い流します)
毒性があまりにもひどい末期ガン患者に対し、博士がコーヒー浣腸を4時間毎に行ったところ、高い解毒の効果を発揮しました。
肝臓が細胞の毒性を放出するにつれて、痛みの軽減も生じました。
今日では、患者の免疫系が機能し始めた治癒過程では熱が出ることもわかっています。
熱が腫瘍組織を破壊することを促します。
限界(40℃)を超えない限りは熱を抑えるべきではありません。
すべての防御機能が回復すれば、体は再び腫瘍組織を殺すことができ、破壊し排泄します。
栄養の欠乏に関しては有機栽培された作物で搾った大量のジュースを飲むことで解決されました。
このジュースを飲むことは、腎臓を洗浄することに役立ちます。
それが弱った患者の血中に蓄積されていた毒物を体の組織に放出させることになりますが、コーヒー浣腸によってこの毒素を排出させることができます。
コーヒー浣腸の起源
古代から浣腸は体内浄化のために一般的に利用されていました。
その効果をより高めて、痛みの除去を行うためにコーヒーを使うようになったのは、第一次世界大戦時になってからのようです。
当時ドイツでは物資が不足するようになり、麻酔薬も使い果たし、怪我をした兵士の手術が終わると、医師は兵士たちに真水で浣腸を行なっていました。
外科医たちは24時間体制で働かなければならず、コーヒーのカフェインで目を覚ましていました。
兵士たちの痛みをもっと取り除くものはないかと考えていた看護婦が、外科医がコーヒーで元気になるのだからひょっとしたら兵士たちも助かるかもしれないと思い、兵士の浣腸液入れにコーヒーを入れたところ、これが評判よく、痛みもかなり取れたと話すようになりました。
そのエピソードに興味を持った医科大学の教授2人が研究し、カフェインが胆管を刺激し広げることがわかりました。
ゲルソン博士は医学雑誌でこの教授の発表を知りゲルソン療法の一環として取り入れ現在もそのまま続いています。
1日13杯のジュース
新鮮なジュースは、十分な水分と一緒に、ほとんど全ての栄養素(ビタミン、ミネラル、酵素、植物化学物質、ハーブ、タンパク質など)を供給してくれます。
体は自分で治るために、これらの成分を必要としています。 
ゲルソン療法のやり方では、コップ13杯(1日3リットル以上)のジュースを飲み、これに加えて3度の菜食、合計6〜7kg相当の野菜を摂ります。
固形の食事でこの量は無理でしょう。
変性疾患の患者は、消化力が弱くなっていることがほとんどですが、ただ新鮮なジュースを飲むだけでもかなりの栄養補給になります。
もちろん固形の食事も栄養療法に欠かせないことは言うまでもありません。
ーーー抜粋ここまでーーー
以上、本から抜粋しながら、ゲルソン博士の考え方、ゲルソン療法の起源、治療法の一部を紹介させていただきました。
自分にとって医療に対する考え方を根本から変えた本です(もともと大した考え方など持っていませんでしたが)。
食、健康、病気に対する考え方は人それぞれで、時と場合によって政治や宗教と同じくシビアな問題でもあると感じています。故に、塩を制限するとか、コーヒー浣腸とか、大量の野菜ジュースとか、その他諸々表面的には理解し難い?ゲルソン療法を紹介することを今まで控えていました。
つまらない病気で命を落とさないためにも是非この本の考え方だけでも触れていただきたいです。
前編・後編と長くなりましたがこの本の特に知っていただきたい部分を抜粋しました。
次回はゲルソン療法を始めて1年半実践してきたことを紹介出来たらと思います。
それとは別に少し勉強モードに入りたいので、「ガンになった経験」の更新を少しの間お休みします。

ガンになった経験 その7(ゲルソン療法 前編)

ゲルソン療法の本に出会い、希望の光が見えてきました。
この本に出会わなければ今頃どうなっていたかわからないと言っても過言ではないくらい僕にとっては人生を一番左右した本だと思っています。
今回は本の内容を抜粋しながらゲルソン療法について紹介させて頂きます。
ゲルソン療法を確立したマックス・ゲルソン博士は、1881年生まれ、ユダヤ系ドイツ人で少年時代から探究心、好奇心旺盛で、数学者でしか答え合わせが出来ない難解な数学の問題の解き方をするほどの能力を持ちながらも、当時のドイツ全土でユダヤ人数学者は誰一人いないことを鑑みて、家族全員の賛同で医者の道を志します。
彼は学生時代、吐き気や目の過敏症、頭蓋骨が割れるようなひどい偏頭痛持ちで、教授たちに助言を求めましたが納得いく回答が得られず、たくさんの書物と医学論文を読み漁り、あるとき医療専門誌に載っていた事例報告の
「偏頭痛に悩んだ女性が食事を変えることで救いを見出した」
という記事に注目しました。
そして、彼を襲う吐き気や嘔吐を伴う激しい痙攣は、
自分が消化できないある種の食べ物に原因があると彼は結論を出しました。
始めはりんごだけの食事に切り替え、そこから一品ずつりんご以外の食べ物を付け加えていきながら、偏頭痛の反応が出る食べ物を探していきました。
と同時に調理法にも注目した結果、大量の果物と野菜を塩抜きで摂取することで偏頭痛から解放されることを突き止めました。
やがて偏頭痛を訴える患者たちが彼のもとを訪れるようになり、患者の1人の皮膚結核が偏頭痛と一緒に消えてしまいました。
そして皮膚結核の闘病仲間にも数週間同じ食事をさせたところ回復してしまい、治療不能とされていた皮膚結核患者450人のうち446人が完全に回復しました。
これらのたくさんの患者が他に患っていた、高血圧、喘息、アレルギー、腎臓疾患、関節炎、残留発作、動脈硬化、その他の急性、慢性の変性疾患も消えてしまい、ひとつの病気を治療しているのではなく、患者が抱える基本的な問題を治していることを意味していました。
症状を抑制するというこれまでの医学のアプローチとは完全に異なった方向を彼は目指していました。
結核患者の治療をしていくなかでゲルソン博士は、病気の基本問題のひとつは、
【細胞からのカリウム欠乏と
細胞へのナトリウムの過剰】
であることを理解しました。
カリウムは酵素を作る際に触媒のように働く一方、
ナトリウムの細胞への浸透は、酵素の働きを妨害します。
正常な菜食栄養は、私たちの要求を満たすべき妥当な量のナトリウムを含有しています。
問題は、缶詰め、ビン詰め、保存、冷凍、その他のあらゆる類の食品加工の工程で、
ごく一般的な料理の中でさえカリウムが失われ、
ナトリウムが様々な形で加えられているということです。
体は、腎臓や便を通して過剰な塩分(ナトリウム)を排除することができます。
しかし、その摂取量は日毎、年毎に圧倒的な量となり、過剰な塩分の蓄積とともに身体の塩分排出力が減弱、減失するまでに到達します。
そこで人の多くの酵素システム、免疫システム、そして肝臓がダメージを受けます。
その結果、病気という機能障害が作られることになります。
ゲルソン博士は、結核患者の今まで体内に蓄積された全ての塩分(ナトリウム)を排除していきました。
博士は患者の尿を検査した結果、この療法の最初の1週間は塩分抜きの食事でありながら、1日に6〜8グラムものナトリウムが排泄されることを発見しました。
塩抜きのプログラムが進むにつれて、参加した患者たちのくるぶしや足の腫れ(浮腫)が消えて、正常な形が再び戻ってきました。
さらに、過剰な腹部の液体(腹水)もまた消失してしまいます。
患者のナトリウム/カリウムのバランスを回復させることは、ゲルソン博士の免疫賦活法の一つになりました。
後編につづく。
今日はここまで。

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ガンになった経験 その6(抗がん剤)

ガンになった経験 その6
抗がん剤は初回だけ入院で、2階目以降は2週間に一度通院して行いました。
2時間ほど病院で点滴をしたのち帰宅し、48時間後に自分で針を抜くようになっています。
事前にポートという抗がん剤の差し込み口を鎖骨の辺りに埋め込み、首にある太い静脈から心臓の近くまで細い管を繋げています。
約48時間でしぼむ風船の中に抗がん剤が入っていてゆっくりしぼみながら投与される仕組みになっていて、その風船を専用の小さなポーチで首からぶら下げて、仕事をしながら、または在宅で投与できるというものです。
初回に入院した理由は、ポートを埋め込む手術をしたり、抗がん剤の副作用を安全に確認するためです。
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ポートを埋め込んでいた
入院の病室の階は、外科の入院のときと違う階で、内科の階でも入れ替わり立ち替わり患者が変わっていきました。
夜に病室から外を眺めると真隣に新興住宅地が見えるのですが、どの家も新しく、ところどころクリスマスのLEDの飾り付けが点灯していました。
それを眺めながら、家や車のローンを組んで一生懸命働き、40歳過ぎるとぽつぽつガンなどの成人病になる人がでてくることを考えると
「なんのために生きてるんやろ」という気持ちになりました。
家や車を手に入れ、想い描いた暮らしをすることは勿論幸せのひとつだと思いますが、何年後かに死ぬかもしれない立場から、病室から俯瞰して見おろしていると、何故かその光景があまりにもチープに見えてしまいました。
当時漠然とそう感じたことを今じっくり考えてみても、上手く説明できませんが、
病室から見えたその幸せは、それぞれ一核家族の幸せでしかなく、一核家族の幸せのために働いている(生きている)という風に映りました。
勿論仕事にやりがいを持って人の役に立っているとは思うのですが、僕自身自分の家族以外の幸せについては表面的にしか考えてなかったからそんな風に映ったのかも知れません。
一度きりの人生の大半を、自分の家族のため(だけに)に過ごすというのはあまりにも小さな目標のように感じました。
だからと言って、自分の収入を人のために使えるほど自分の考えが変わった訳ではありません。
家族単位での理想の暮らしを手に入れることは人生にとってそんな大したことではないのかも知れないという気がしています。
自分が数年後に死ぬかもしれないという立場から見ても、
死別や離婚による片親の家族でも安心して暮らしていくには、自分の仕事・自分の家族のことで精一杯な毎日という生き方ではなく、もう少し横の助け合いを大切にできるような余裕のある生き方が必要であり、全くそんなことをしてこなかった自分を省みながら、そんな助け合いができることが本当の幸せではないかと感じました。
だいぶ前にもこのブログで書きましたが、12.3%という5年生存率を聞き、またそれ以降も下降の一途のグラフを見て説明を受けていました。
最悪このまま抗がん剤で弱り復帰できない可能性があることを考えるとそろそろ身辺整理を前もって考えておいてもおかしくないと思い、残された家族が片付けに困らないように、大工道具や軽トラをどこに売るか、それで少しでも生活の足しになればと考えました。
しかし残された時間をそんなことに費やすよりも、必死に生き残る方法を探すことに費やした方が、結果はどうであれ、残された家族にとっても誇らしい生き方ではないかと、
それに比べれば身辺整理など大したことではないと思い、考えを改めました。
入院中、向かいのベッドの方はまだ50代くらいでしたが末期のすい臓がんで手術ができずもう諦めておられるようで、見舞いに来た兄弟の方に、人生を振り返りながら昔を懐かしんでおられたり、身辺整理の話をされていましたが、(失礼ながら)「もっと頑張れよ」と思いました。
この時期に感じたことが、今の自分の死生観に大きく影響を与えていると思います。
この頃、末期ガンから生還したという近所の方を僕の父親が知り、その方に僕のことを説明したところ、その方が勉強された本を数冊貸して頂きました。
免疫学研究の第一人者である安保徹先生の本や、三大療法を批判している近藤誠先生の本、その他にもありましたがどれも僕の疑問を解決してくれる内容でした。
その中にゲルソン療法の本がありました。
以前嫁が買った「済○さんのガンが消えるジュース」の元になったとされるものです。済○さん曰く、ゲルソン療法は厳しい食事療法なので、それをもう少しゆるくしたのが済○式ジュース療法だそうで、その済○式をして違和感を感じていたので、ゲルソン療法に対する僕の想像するイメージはあまり良くないものでした。
しかし本を借りた以上読まずに帰すわけにはいかないと思い、最後に残ったゲルソン療法の本を読むことにしました。
この本は先の人生がグレーな僕にとって、救いの一冊になりました。
ちなみにガンになるまで読書なんかほとんどしたことがなかったので、読書の素晴らしさを初めて強く感じた本でもあります。
抗がん剤の投与で2、3日食欲が落ち、便秘になったり、頭皮の抜け毛も目立ってきました。血液検査でも明らかに免疫機能が落ちていました。
初めに1クール12回する予定でしたが、調べれば調べるほど疑問が強くなり、なにより「ゲルソン療法に賭けたい!」と思ったので、結局2回で抗がん剤をやめました。
それまでは抗がん剤に疑問を持ちながらも、何もしないという選択肢は認められなかったので、この出会いが僕にとっての重要な転機になりました。
また抗がん剤を否定する耳障りのいい内容の本ばかりでなく、肯定する内容も理解した上で総合的に判断しようとしたことが抗がん剤をやめる決断を遅らせたと思います。
後日外科の先生からも抗がん剤をやめたことを咎められました。とても頭のキレる先生ですが、なんの説得力もありませんでした。
今日はここまで。