新しい価値

昨日家族で出かけたその車中で妻と仕事の話をしました。そこで自分なりに気付いたことを書きます。
ドラッカー「人の手によるものはすべて陳腐化する」
大工の日当とある業界の実在する職人さん(Aさんとします)の日当から見て、大工の仕事は既に成熟・陳腐化していることを話しました。
Aさんの仕事はまだ認知度が低く、それゆえ人材もあまりおらず、その仕事が顧客に与える価値はとても大きく、大工から見るとうらやましい単価(日当)です。
今後もし、Aさんの仕事の価値がその業界で広く知れ渡り、人材が増え、広く行き渡ることになれば、その仕事は成熟・陳腐化し、需要がなくなり価値(=単価)は低くなっていきます。
大工の世界で言うとエア工具(釘打ち機など)が普及するまでは単価はそこそこ良かったそうです。
家の外装では30年ほど前まで左官モルタル仕上げが一般的でしたが、それより早く安く仕上がるサイディングが出始め、その頃はサイディングの需要(価値)が高く、単価が良かったそうです。
大工の価値も、サイディングの価値も今は成熟・陳腐化し、天井に達しています。飲食業界で働く友人の話を聞く限り飲食業界はさらに単価が低いようです。
提供できる新しい価値
そこで低い収入の天井をぶち破るためにも新たに提供できる大きな価値を見つけなければなりません。大工仕事、建築の仕事が既に成熟している以上、新たな大きな価値を見つけるのは難しく、誰も力を入れていない別のところの方が見つけやすく、それを見つけ提供していかなあかんと言う話をしました。
そのヒントを年末工事させていただいた施主様から見つけることができています。
妻が施主様と関係を深めるなかで、施主様の趣味兼仕事の価値を高める(と言うと少々大袈裟ですが)お手伝いができることになりました。
ただ単に人と物を紹介する(マッチング)だけなのですが、施主さんにとっても紹介先にとってもwin &winの関係になりそうです。
建築工事の中にも隠れた価値はまだまだありますが、建築以外にも的を広げれば新たな価値を「簡単に」提供できる可能性は高くなります。
これからは女性の力が必要
「ほんなら施主さんのプライベートの困りごとを見つけることをに力を入れなあかんなぁ」と妻に言うと、それは違うと。
初めからそこをエグろうとしても無理があり、そこに行くまでには小さな信頼を積み重ねることで徐々に施主さんが心を開きプライベートも含めた様々なことを知ることができるようになるわけだから、誠実を心がけ、小さな信頼をコツコツ積み重ねなければならないと。
女性のその辺の感性やコミニケーション力には僕は敵いません。彼女に頼りながら施主さんの要望をひとつひとつ把握し丁寧に実務で応えていこうと思います。
まだまだ女性の入る余地のある業界ですからまだまだ成熟していくと思います。
しかし施主さんにとっての「新たな大きな価値」を本業以外のところで仮に見つけ提供できたとしても、依頼されていないことに対してはお金を頂けないので単価は上がりません。評価が上がり、単価以外のリピート・紹介という形で返ってくると、少しずつ単価を上げることができるのかなぁと思います。
自分なりに考えたことを書きましたが、読み返してみると商売初心者の野良犬のたわごとなのかも知れません。それでも一生懸命まとめた文なので記録として残しておきます。

時間管理

今年の仕事始めからの約3週間ほど「毎日のブログ更新」に時間がとられ、自社の新しい取り組みや、趣味にもなった読書ができていません。
それをしなかったから今すぐどうこうなることはありませんが、明らかにバランスが悪く、どうにかせねばと思っていました。
そこで1日の時間割を整えるべくその中で何を削るか何度も見直しました。
・日中の仕事(収入)を減らす
・睡眠時間を削る
・子どもとの時間を削る(既に少ないかも)
・Facebookやブログを読むのをやめる
・読書をオーディオブックのみに減らす
・ブログの更新回数を減らす、または内容を短くする
など
何かを思い切って削らない限り、小さい工夫の積み重ねだけでは今のところ難しいと思います。
いろいろ考えた結果、ブログ更新の日、読書の日、影響の輪を広げるタスクの日、を交互に回していき様子を見ようと思います。
「毎日の習慣」と考えていたタスクを、7つの習慣の「週単位」の考え方で分散させることになりました。
またブログを毎日更新していると頭が冴え、最近に限ってはネタが次々と出てきますが、習慣になりつつあったので、それを文としてまとめ発信できないフラストレーションが(数日は)溜まるかも知れません。しかし文章をまとめるだけで3時間程かかってしまい、日中もネタを考えたりしていますので、ブログにかかっている時間は大きいです。
もっと短くまとめる必要もあります。
やりたいことがあり過ぎるということは本当に贅沢な悩みです。自分の置かれている立場に感謝しなければなりません。「好きでやっている」ということを忘れてはいけません。
贅沢な悩みでイライラしていてはバチが当たります。
バチが当たってガンになったと思えば話が繋がります。
足るを知る(たるをしる):
身分相応に満足することを知る。
身の程をわきまえて、むやみに不満を持たない。 
自分は「足るを知る」という言葉が大好きですが、お金や物欲に対してだけでなく、「向上心」という名の欲に対しても当てはまるのだと今回学びました。
最近4歳の長男が3歳の長女に対し叱責している場面が多く酷くなってきており、責任を感じております。たぶん保育園でも時折そんな態度をしていると思うので友達とうまくいってないかも知れません。
僕が忙しくて心にゆとりがなくなった時に子供や妻にそういう態度をしてしまったときの態度を覚えているようです。僕が精神的に大人ならそんなこともなくなりますが、そうでない以上もう少し時間的にゆとりが欲しいと感じていました。
しかし、これで時間的な問題は大きく改善できそうで、フラストレーションはなくなると期待しています。
ただ今後もブログを短くまとめ更新回数を減らさない努力や時間を作る工夫をしていこうと思います。

なぜ恥ずかしいことが書けるのか

以前、なぜ腹の中で思っていることを不特定多数の人に読まれてしまうブログに書けるのかと聞かれたので、そのことについて書きます。
僕は人前で話すときこそ無理ですが、このブログでは自分の世界に入ってしまうことも手伝ってか、普通なら人様に見られると恥ずかしくなるような腹の中のことを書いてしまいます。
「子供のため」とか「愛」といったあまり多用し過ぎると恥ずかしくなる言葉や考えをたくさん書いてきました。
なぜそんなことが書けるかと言うと、恥ずかしいことを書くことに対して(ある程度)リミットを外しているからです。
恥ずかしいのになぜリミットが外れるかと言うと、ガンによって死を目前にした経験があるからです。
死によって何もできなくなる恐怖をリアルに経験をすると、恥ずかしいという感覚は、「恥ずかしいという経験をしながら生きることができる」「恥ずかしい経験ができる」と捉えるようになります。
借金地獄なら、「借金地獄が経験ができる」と捉えることができます。
もちろんどちらも嫌な経験ですが、経験できる以上「できる」であり、死ねば何も「できない」であり、そこには雲泥の差があります。
嫌な経験でも、「できる」ことが有難いと捉えることができます。
それとは別にもう一つの理由として、今まで生きてきて「あんなこと言わなきゃよかった、しなきゃよかった」と自分のデリカシーのない言動に恥ずかしくなった経験が多々あります。恥ずかしいことを避けていても自分の性格上どの道そうなることは分かっているので、諦めているということもあり、リミットを掛けるより、外すことによる拡がりの方を選びました。
しかし理想ばかり求める傾向があるのか書いている割にそれを現実に繋げる行動や形が付いてきていないのでバランスが悪く自分でも気持ち悪いので、現実的なことを書いていきたいと思っています。

マーケティングマインド入門

先日の職人起業塾で「マーケティングマインド」というものを教わりました。商売する上で必要な考え方で感覚として自分に染み込むまで理解することで商売がうまくいくという話でした。
そもそも大工という職業を一人親方、個人事業主としてやっていく以上、職人としての技術・経験だけでなく、商人としてのそれも必要になってきますが、職人のプライドなのか商人への偏見なのか、自分は商人ではないと考えてる職人が多いのではないかと思います。
しかし大工などの職業が子供たちから憧れだけで終わらず、なり手としても抵抗のない職業になるには、高橋塾長の仰るように職人自身が自分を高めしっかり稼げるようになる必要があると思います。
職人という「ものづくり」と、商人という「(商売をうまく回すために)自分を高める」2つの生き方が同時にできるこれからの建築職人の生き方は、自分の子供にも勧めたい生き方になるのではないかと思います。
マーケティングマインドに話を戻しますが、「経営理念は単純な自然の法則」だとひとり勝手に感心していたため、マーケティングマインドにおける「価値」についての説明を半分聞きそびれ自分はいまいち理解できていませんでした。
いくつか例えて頂いた内の1つを言うと、「現場監督の仕事自体には価値がなく、現場管理によって生み出される安全な建物に価値がある」というような説明でした(間違ってたらすみません)。
理解できていた妻に説明してもらったり、昨日ブログを書きながら考えたりしてもわかりませんでしたが、以前「錐(きり)と穴」についての塾長のブログを読んだことを思い出したことで理解することができました。
客がホームセンターに木工錐を買いに来た例え話ですが、客にとっては木工錐に価値があるのではなく、それによって空けた「穴」に価値があり、穴を開けるサービスを提供することの方がその顧客には適している場合があり、更に穴によって得る価値がその先にあるという話でした。
実際に建築の仕事にはもっと様々で複雑な価値があり、顧客の様々なニーズに対して一段先、二段先のまだ認識できていない価値を理解したり創造して与えていく感覚が必要であり、その感覚(マーケティングマインド)を自分に深く染み込ませるには時間が掛かるが、それによって商売がうまくいくという話でした。

第41回職人起業塾 後編

昨日は参加前に事前に考えたことを書きました。今回は参加して学んだこと、反省したことなどを書きます。
計について
○心の中で思っていることを口に出してもしくは文章に書いてしまった方がずっと実現性は高くなる。
○毎日の習慣と人生の目的を結びつけるのは簡単ではない。
特に毎日、毎月の少しの習慣は成果が見えにくく、本当に目的に向かっているかわかりにくい。
○年始に一年の計は考えても、十年の計、終身の計はなかなか考えない。考えないものは現実化しない。
考えて、鮮明にイメージすることで影響の輪の中にあるものは現実化する。(ボンヤリでは現実化しない)
自分の立てた計を見直すと、
塾長がいつも言われていることですが、目標をかかげる時は抽象的な表現ではなく、行動・形・数字で表せるもの、もしくははっきりイメージできるものなどもっと具体的にした方が実現性が高いと再確認しました。
自分の終身の計に関して言えば「人生の最後に満足できる自己評価をする」と発表しましたが、本来そのために何をするのかを答えなければなりませんでした。計については全て考え直し、今月のミッションにします。
「計を立てる」ということは、目標を明確にすると同時に、毎日の習慣と中・長期の目標を結ぶ役目も果たします。
その割には考える機会が少ないようにも思ったので、普段から計を意識したいと思います。
内なる絶対的価値とマーケティングマインドについて
○カントの言う絶対的価値を発揮するために人生がある
○在り方が良くても伝え方「やり方」が分からなければお客さんに届かない=「在り方とやり方はセット」
○経営理念とは顧客に信用され仕事をもらうための方法論(=金儲けの話)であり卓越の戦略と同じ。
○あらゆる行動は顧客に価値を提示できて初めてその行動に価値がある(当たり前ですが)。提示できない行動には価値がない。
このマーケティングマインドになると商売がうまく行きやすくなる。
カントの言う内なる絶対的価値を知ることでモチベーションが生まれ、自分にマーケティングマインドを染み込ませながら顧客に高次の価値を提供し、好循環が生まれるという図式になると理解できました。
例えば、内なる絶対的価値として誰しも「自分がかわいい」があると思いますが、かわいい自分にとっての良い人生にしたいというモチベーションが生まれ、(例えば)人から好かれたい、人を好きになりたい→自分の得意分野で役に立ち(=価値を提供し)好かれる。
相手の得意分野で価値を提供してもらい好きになる(または提供してもらう代わりにお金をいただく)という行動に繋がるのだと理解できました。
誠実、正直、顧客優先といった経営理念の説明を聞いていると、そこには「相手のことを思い、相手に価値を与えることで、相手から認められる」というよく見るとシンプルな自然の法則が見えました。
結局上の図式と同じでした。
利他の心やfor youの精神で仕事をするとうまくいくのは、自然の法則が働いているからなのだということがわかりました。
しかしそんなことわかったところで結局は
「やるかやらんか」に尽きます。
懇親会では同業種さん異業種さんと話をする中で、新たな目標をもつきっかけを頂きました。長くなるのでまた機会があれば取り上げたいと思います。

第41回職人起業塾 前編

昨夜は職人起業塾の参加により本日用のブログを書く時間がなくなる為、事前に用意していた記事に今朝加筆修正したものです。
僕自身はこの起業塾に参加させて頂いてちょうど一年になります。今回の事前課題は、去年の1月同様「一年の計、十年の計、終身の計」です。
終身の計(人生の目的)から逆算して十年の計、一年の計と整合性を保たせながら考えていきます。
その結果自分の考えた発表は、
終身の計:人生の最期に満足できる自己評価をする
理由としては、人生最後の自己評価に満足してことで気持ちよく死にたいからです。
逆にそのときの自己評価が満足できないと最悪だと思うからです。
塾長から「どうすれば満足できるかイメージ出来ていますか?」とコメント頂きました。
それに対する自分の考えは、今のモチベーションを維持しながら日々自省を積み重ねることで、それ以上考えられる方法はないと思いますが、死ぬときのことをイメージすることが必要だと思いました。
十年の計:周りの人と心が通い合える(レベルの)付き合いをする
これは理想です。正直言いますと苦手な事です。しかしそんなふうに生きることが出来ればいいなと思います。
これは以前から思っていたことではなく、今回漠然と思い付いたことです。はっきりしたイメージを持たないと、ただ思っているだけでは難しく、甘いと思いました。
一年の計:自分が周りに与えられることをする
理由は、自分が周りに何か与えるということは、身近な小さなことからでも自分が役に立てることで存在価値を確認できることでもあり、そもそも「与える」ということは自然の摂理でもあると思っています。
妻に「もっと具体的に」と突っ込まれるで、と指摘され考えてみましたが「自己評価」の基準や「周りに与えられること」はその時々で変わるのでこれで良しとしていましたが、
実際他の塾生さんの発表はとても具体的だったのですが、自分の発表を具体的にしないのならせめてハッキリしたイメージが出来ていなければ実現は難しいと思いました。
毎回のことですが、自分の発表は具体性に欠けていますので、気をつけたいところです。
去年考えた計から変わりましたが、言葉が違うだけで中身の芯のようなものは変わっていません。
続いてメインテーマ「卓越の戦略」。
哲学者カントの言う「自分の中の絶対的な価値」を、全米No. 1マーケターのジェイ・エイブラハムの「卓越の戦略」を「在り方」「やり方」の2つの側面からどのような行動に移しますか?という難しい設問です。
「道徳的でありうる限りでの各人の人間性は、何にも置き換えられない内的にして絶対的な価値をもつ。」というカントの言葉を自分なりの解釈で表すと、
人は生きて行く上で様々な価値を生み出していますが、そのモチベーションとなるもの、自分の芯になるものが絶対的な価値、と捉えています。
「自分の中の絶対的な価値」については色々思いつきましたが、今回十年の計にもした、「周りと心の通った付き合いがしたいこと」を元に考えてみました。
ジェイ・エイブラハムの卓越の戦略とは
○あなたから何か買う人は、単なる「顧客」ではなく、あなたの保護下にある「クライアント」と考えるべきである。
○クライアントの生活をより良いものにする、という高次の目的のためだけに、ビジネスに取り組む。
○惚れ込むべき対象は、自分の商品ではなく、クライアント。
○クライアントが言葉に出来ない想い、ニーズ、課題を明確に表現し、それを満たすリーダーとなる。
○あなたやあなたの会社、商品、サービスがなかったとすれば、クライアントにとって損になる程のレベルで商売をする。
○あなたとクライアントの双方が、信頼、誠実、尊敬の対象となるような精神的な「きずな」を構築する。
の6つで、前半3つが心の在り方。後半3つがやり方。マーケティングマインドと言うそうです。経営理念のことです。
それらを元に考えた自分の「在り方」は、
顧客を好きになる努力をすること。
そしてその「やり方」は、
工事内容以外の雑談を大切にすること。
塾長から「誰でも好きになるのは大変なので、自分が好きになりそうな顧客を集めることが最短の方法」とアドバイスを頂きました。
実際には、時間をかけて考えただけあってたくさんの具体的な行動案が浮かびました。
長くなるので割愛させていただきます(ニュースレターとかどこの会社もしている一般的なことばかりです)。
年始ということで今年の「より具体的な行動案」を模索していたところに、この設問のお陰でたくさん自ら考え出すことができ、塾長には毎度のことですが感謝致します。
今回考えた行動案は、以前から妻に何度か提案されていたことと同じものもいくつかありました。妻からの提案されたときは、その必要性は理解できても自分にはいまいちピンと来ず、行動に移すモチベーションには正直なりませんでした。
しかし今回自分でイメージをしながら考えた行動案なので、「〜すべき」という理屈だけではなく、具体的なイメージによって感覚的にも必要性を理解することができました。
またそれと同時に、「分かりやすいイメージ」を想像することや、相手に提示することが非常に大事であることを実感しました。
起業塾と懇親会に参加したあとの感想は、後編に綴りたいと思います。

おっさんのつまらない(読むに値しない)日記

昨夜は今日のブログ用に昨日のことを色々と書き留めてみたものの、今朝投稿しようと読み返していると、想像してた以上に超つまらない内容だったので投稿する勇気なく断念しました。
反省点としては書く前に全体の構想が全くできておらず、事実を淡々と書いただけに留まったことだと思います。起承転結の転結がありませんでした。ウトウトしながら書いていたのも影響しています。
しかしええカッコせず、あえて失敗を投稿するのもアリかなと思ったので以下にコピペして投稿する事にします。
一生懸命書いているのが分かるので、自分では面白くもあり恥ずかしくもあります。
本当につまらないので読む方は時間の無駄覚悟で読んでください。
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おっさんのつまらない日記
昨日は月曜なので現場に出る予定をしていて、今日に控えた職人起業塾の課題がまだ出来ておらず、いつも通り仕事をしながら考えようと思っていましたが、妻から「現場を空けて課題を考えることに充てたら?」と言ってもらい、今まで起業塾に参加して来てじっくり考えた日はその分得るものが大きかったという経験もあり、言葉に甘えて1日課題を考えることに充てました。
現場を空けるということは、日当分の収入が当然減るわけですが、それでもその考える価値はあると思いました。
折角仕事を休んでまでするなら、どうせなら景色の良いところでじっくり考えてみたいなぁと思いどこか良い所がないか考えてみたものの、高砂には気軽に行ける景色のいいところはあまりなく、海の見えるところは工場の空気で微妙だし、図書館にしようかとも思いましたが自習できる場所もなさそうで、それなら天気もいいことだし、思い切って鹿嶋山に登って上の方から景色を見下ろしながら考えることにしようと思いました。
妻の携帯会社乗り換えの手続きをサポートしてから、出発し10時頃に鹿嶋神社の駐車場に着き、課題を考えながら登山するために先に車の中で課題を確認し、そこである程度考えてから考えに行き詰まってから登山することにしました。
こうして仕事もせずマーケティングの課題に1日を費やしても飯が食える社会の中で生きているという事が有り難く感じられました。
課題を考えているうちに空が段々曇ってきて若干雪がチラついて来てしまいました。
結局山には登らず15時頃に帰宅しました。
昼食を済ませ、妻から別の件で説明と相談があり、そのあと、メモ帳に殴り書きしておいた事をノートにまとめながら写しましたが、まだ人前で発表できる程まとまっておらず、タイムアップとなりました。
しかし昨日予定していたアグリテインメント塾が道路の凍結の可能性を考慮して休塾になったので、妻の希望で夕食後にお互い考えた課題を発表し意見交換する事になりました。
ある程度自分の意見をまとめてから意見交換したい僕と、意見交換してからまとめたい妻と少々意見の食い違いがありましたが、あまり書くと文句になるのでやめときますが、夫婦共々未熟さを感じ、情けなくなります。
結局その後僕は発表できる程度までまとめ、今日は起業塾で帰りが遅くなるので、昨日は少し遅くまで起きてこのブログを打ちました。
1日のことを淡々と書いただけですが、何か足りませんね。おっさんの面白くもなんともない日記読んでも時間の無駄ですよね。
書く前に全体を構想しておかなくてはなりませんね。という振り返りでお許しください。
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以上です。頑張ります笑

タスクの取捨選択

ここ最近、「毎日のブログ更新」という新たな習慣を加えたこともあり、時間管理が上手くいっておりません。
時間管理をしなおす上で、毎日の様々なタスクの優先順位を整理しなおし、今の自分に無理のない「ゆとり」のある時間割りを作ろうとしています。
タスクに優先順位をつけ取捨選択するには、捨てられないタスクを捨てる勇気が必要です。
取捨選択するには確固たる基準が欲しいのですが、自分の目指す「在り方」や「目標」、「何のためにという目的」、「お金に対する価値観」などを整理することでその基準が出来るのではないかと思い、それらを整理しているところです。
恥を恐れず整理した内容を記すと、
まず在り方を考えた時に、
「誰かの役に立つ存在でありたい」
「良い仕事をしたい」、
今年テーマにしている「与える」行動をする、
などが思い当たりましたが、そうあるためには突発的なことに対しても丁寧な対応ができる時間的な「ゆとり」が必要だと思います。
「何のために生きるのかという目的」を整理すると、
「人生の最期に良い自己評価をするため」ということを再確認しましたが、それ以外には、
「より存在価値のある行動をするため」
「いろんなことを知ったり経験するため」
「より良い明日のため」といった漠然としたものなど。
「目標(志)」は今まで何度もブラッシュアップしてきた結果、
(理想ですが)
「子供たちに夢と希望と安心を与えること」
「冒険的に生き、悔いを残さないこと」
の2つです。
そして「お金」についての認識がまだまだ整理出来ていないところです。
お金の認識を見直すことで、働き方が変わったり、余りお金に左右されない生き方、または、もっと上手な付き合い方ができ、
スケジュールもガラッと変わるのではないかと淡い期待も若干していますが甘いですね。しかし今まで「お金」について深く考えてきてないのでじっくり考えて価値観を整理する良い機会だと思います。
結局今のところ、それらを整理したところでタスクを取捨選択できるほどの基準にはなっていません。
今回、多少無理してスケジュールに組み込んだ「毎日のブログ更新」という習慣ですが、これは自分にとって非常に重要であると考えています。
ブログ発信はネタが思い当たらずめんどくさい時もありますが、
自分のことを世間に知ってもらうインバウンドマーケティングの要素だけでなく、
読まれるからには読む方の何か役に立つ内容を書くこと(役に立てるということ)、
毎日の行いを自省するという地道な積み重ねによって、影響の輪を広げたり、物事を的確に見る力を養うこと、
特にその「物事を的確に見る力を養う」ことに注目していて、それにより急速な社会の変化に対応できる力を養うこと
を目的にしています。
またこの習慣を始めてから自分の求める生き方や人格に向かって加速しているように思います。
しかしその目標に注力するあまり、時間的ゆとりがなくなり、他の大切なことが煩わしくなったりストレスに感じてしまうのは自分の目指す「在り方」ではありません。
今現在ブログを書くのにとても時間が掛かります。じっくり考えを整理するのは嫌いではないのですが、他のタスクとのバランスも考えながら内容をもっと軽くした日も混ぜていこうと思います。
フランクリンプランナー(スケジュール帳)にて先週1週間の振り返りをしましたが、完了したタスクが今までより明らかに少ないです。毎日のブログ更新が他のタスクを圧迫しているようです。

早朝の新しい習慣

今朝は地元の曽根神社と日笠山(ひかさやま)まで散歩してきました。
くどいですがここ数日、自分の「在り方」「何のために生きるか」「お金に対する価値観」について、大切なことでありながらはっきりしていないので考えています。
常に意識しておきたいことです。
また「在り方」「お金」「目標」はそれぞれ密接に関わっていると考えていますが、どれをどの程度優先していきたいかバランスが分からずモヤモヤしておりました。
ということで今朝の時間を、以前やってみようと思った「月1の外に出かけてゆっくり振り返る時間」に当てようと思い、普段の日課を変更して散歩に出掛けました。
「7つの習慣」で「今日はとても忙しくなるからいつも以上に瞑想に時間を当てよう」とかいう文面を以前読みましたが、自分もそれと似たような心理状態なのかその意味がわかる気がしました。
外に出たのが既に‪7時‬ごろで、神社に歩いて行く道中、通勤の車や作業車で騒がしくお参りに行くと言う雰囲気ではなかったので、次回からは静かであろう日曜の明け方にしようと思いました。
まだ誰も外に出ていない静かな時間帯に、家を出た瞬間から御参り気分を味わいたいというか、日頃の自分を俯瞰して見るような時間にし、何か気づきがあればラッキーで何も得るものはなくてもいいというくらいの期待感で、ゆっくり自分を見つめる時間にしたいと思います。
神社の近くまで来ると静かにはなりましたが、気持ちの準備ができていたわけでもなく本殿前でその瞬間思いついた日ごろの感謝を伝えるだけにとどまりました。
そのまま家に帰るには物足りず、日笠山を登り街を一望してから帰ることにしました。
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展望台から見える景色は、常時大量の煙を出している大きな煙突のある火力発電所をはじめとした工場地帯や、自然の景色と全く調和していない商業建築・公共建築・住宅街を見ながら「汚い街やなぁ」といつものように思いながらも、漠然と「心配しなくても世の中は良い方向に向かうだろう」と思いました。
誰しも良い社会を求める以上、街の景観だけに限らず、社会は良い方向に向かうだろうという人の可能性を信じるというか肯定する気持ちを、1人勝手に感じていました。
また周りの社会環境に振り回されるのではなく、そこで自分の在り方を正していくだけだとも思いました。
結局モヤモヤしていたことについては特に何も発展はありませんでしたが(もともとそこには期待もしていません)、社会はきっと良い方向に向かうだろうから、何か自分が問題視したことについて過度に力を入れる必要はないのだと思いました。
約50分程の散歩でしたが、御参りや早朝の散歩の習慣のない自分にとっては非日常というか、普段と違う感覚の時間を過ごしました。
毎月の目標を誓う目的での御朔参りを月初めに1回と、ブログ以外での自分を振り返る時間を目的とした今回の御参りを月の中頃に1回と、どちらも日曜日の明け方に合計月2回来月からもしてみたいと思います。

見積り

昨日は見積もり作業に夕方6時まで掛かりました。僕はタイピングできないので後は妻にバトンタッチして手書きの見積もりをパソコンに入力して清書を兼ねて金額を出してもらいます。
結局二日半ほどの見積もり作業になりました。工事のボリュームは偶然ですが当初僕が内容も聞かずに勝手に想像していた通り1ヶ月ほどの工事内容でした。
後は無事契約になることを待つのみです。
見積もり作業は嫌いです。面白くないです。体も鈍ります。
お金は好きですが計算は嫌いです。
契約にならなければ見積もり作業はタダ働きになります。契約になったとしてもそれほど経費を請求しにくいので工事が終わった頃には結局見積もり作業の手間がタダ働きになってしまうことが多々あります。
材料をこちらが用意する時は金額を幾らか上乗せするので、工事が赤字にならなければ多少の利益が残ります。
当たり前ですが、見積りに余裕がないと仕事にも余裕がなくなってしまいます。
しかし、余裕を見て金額が膨らむと契約にならない可能性もあるのでそれほど余裕は見れません。
見積り作業中は納まりや材料を拾い出していても常にお金のことを意識しているからどうしても損得勘定が芽生え面白くないのかも知れません。
見積もりが完成しても解放された感しかなく、充実感は余り感じません。
今週は鼻と喉の調子が悪いので、体を休める意味ではちょうど良かったかもしれません。
今朝は目覚めと同時に子供の寝ている様子を見ていて、この子たちを見守るために生きてることを当たり前ですが再確認しました。
昨日は見積もりを終える頃に妻と子供達が帰ってきて、前日の反動もあり、それから寝る時間まで一緒に子供達と過ごしました。
見積り作業は「緊急で重要」な第一領域で、手間賃にならない可能性もあり、疲れてしまうのかと思いました。
またこれが顧客から直接依頼された見積りなら、手間賃にならなくても末長くお付き合い出来れば良いと割り切れるし、それほど苦でもないようにも思いますが、自分が下請けの場合はいくら施主さんに気に入ってもらえても自分の顧客には出来ないというルールがある以上、余り損はしたくないという感情が芽生えてしまいます。
その中で自分はせめて人の役に立ちたいという在り方を思い出し、出来る範囲で元請けだけでなく施主さんにも喜んで頂けるような仕事をしないと、面白くもないしやり甲斐や充実感もないし、自分にとってやってる意味が感じられないように思います。
そんなことを今頃再確認しているようではまだまだ未熟者です。
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