多可町産桧の伐採ツアー&棚田でBBQ

昨日の土曜日は現場仕事を休み、兵庫県多可町へ『多可町産桧の伐採ツアー&棚田でBBQ』のイベントへ参加してきました。
仕事でいつもお世話になっている神戸市西区の株式会社N-Basicさんと、多可郡加美町の加美林業研究クラブさんのコラボイベントでした。
また職人起業塾でお世話になっている有限会社すみれ建築工房の高橋塾長も神戸ハーバーランドにある『ひょうご木づかい王国』の会長として来られていました。

このイベントのメニューは、
・建築会社、山の持ち主、林業・製材所、伝統工法の大工の4者による室内でのパネルディスカッション

・棚田見学とBBQ

・山林見学

・製材所見学

・伝統工法体験(カンナがけ)、超低温乾燥庫見学

でした。

パネルディスカッションでは、まずN-Basicの濱田社長の説明。

日本は国土の約66%が森林。フィンランドやスウェーデンに続いて先進国の中で世界3位の森林大国。また森林蓄積が右肩上がり、人工林の面積自体は変わっていませんが、海外の安い木材の供給に押され、間伐作業が遅れており森林に木が蓄積されているとのこと。
安い外材を輸送するより豊富な日本の資源で循環させることが、未来にも子供にも地球環境にも建物の寿命にも良いということでした。

続いて山の持ち主である藤田さんの説明。
木は葉で光合成した養分を葉や枝で蓄えては、定期的(1ヶ月半のうち2週間)に油脂に変え樹体に戻しながら肥大成長ていくそうで、この2週間の時期に伐採してしまうと、その繊維を移動中の養分を狙ってキクイムシなどが侵入する。その木を雨の当たらないところに置いておくと2週間ほどでボロボロになり使い物にならないそうです。
今は一般的に乾燥機などで虫がつかないように加工されているとのことです。
また村には花粉の舞う量は町より圧倒的に多いはずですが花粉症の人はいないそうです。都会の汚染された空気と混じって花粉症になるのではないかと感じているそうです。
木の成長には、太陽・きれいな水・きれいな空気が必要。最近の地球温暖化によって、桜が1日か2日で散る時代がそこまできているそうです。

続いて材木・林業の森安さん。
雪が多い日本海や、雨が多い九州では建材として杉が向いていて、この辺(多可町など)の温暖なところでは桧が向いているとのことでした。

続いて大工の太田さんによる材木の乾燥方法の違いの説明。

高温乾燥(80〜90°)では木の外側は一気に乾燥させて固めてしまうが芯が割れてしまう。
自然乾燥では油がよく乗った状態で、多可町の桧はより油が乗っているそうです。
また住宅の室温環境に近い乾燥方法として超低温乾燥庫を作られて試されているそうです。

パネルディスカッションの後は車で現地に移動。棚田の説明のあとBBQ、そして山林見学。伐採現場を見学するのは初めてなので新鮮でした。真横で一本伐採して頂きました。

また山に入ると気持ちが良いです。

続いて製材所・材木店での製材の実演。

建物も機械も年季が入っていて、どこの材木屋に行っても感じることですが、昭和の経済成長期に繁栄していた面影が感じられました。

そして太田工務店さんの超低温乾燥庫の見学。ヒーターや工場扇を使って2週間ほどかけて材木の含水率を下げるそうです。

パネルディスカッションで大方のことを学び、現地で体感するといった感じでした。
この企画準備をされた方々のご尽力のお陰で、学び楽しませて頂くことができました。また今日初めてお会いして話ができた方も含めて皆さまありがとうございました。

以下は神戸ハーバーランドのひょうご木づかい王国のクラウドファンディングです。元々県の予算で企画された施設ですが、予算の都合で存続を民間に託されました。
兵庫県の木を使い循環可能な日本の森林資源を活用し、家の寿命にも、地球環境にも、地域経済にも、子供たちにも、我々の健康にもという良い取り組みのために、多くの建築会社をはじめ、製材所、設計士、職人、電磁波測定士、その他多くの方が存続をかけて協力して下さっています。
運営が軌道にのるまでのご協力を募るためのクラウドファンディングです。

https://camp-fire.jp/projects/view/21237

幸せの経済学

最近TSUTAYAでピーター・ドラッカーのレンタルDVDを見つけました。
その横に「幸せの経済学」という題名のDVDがあり、ジャケットの印象と題名に惹かれ一緒に借りました。
この「幸せの経済学」が結構良かったので、内容と感想を書こうと思います。(文がとても長くなりました)

「人や自然とのつながりを取り戻す暮らしを探るドキュメンタリー

幸せの経済学

今、問われる幸せとは?真の豊かさとは?」

とジャケットに書かれています。
(今気づきましたが)偶然にも今制作中の自分たちのホームページの文言とよく似ています。
内容は、グローバルに向かって進む現代社会で実際に起きている弊害を紹介しながら、グローバリゼーションよりもローカリゼーションを重視しようというものでした。

備忘録として、内容を端折りながら文字に起こします。

以下
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・我々はせいぜい4年先しかみていない。
7世代後の地球と人類のための前向きなビジョンが必要。
・今我々は3つの危機に直面している。
3つの危機とは、
「環境の危機」
「経済の危機」
「人間の心の危機」
○グローバリゼーションとは、
・世界的な事業展開のために規制緩和すること。
・多国籍企業が市場を独占すること。
・但し、国際協力、相互依存、国際社会、と混同しやすい。
そもそもグローバリゼーションの歴史は約500年前の欧米諸国による植民地化にさかのぼる。
その地域本来の経済活動を破壊し、現地の人々を奴隷として鉱山や綿畑・茶畑で強制労働させた。
企業や金融機関、植民地時代からの商人は、その安い労働力や資源によって潤った。

その他の特徴として
・人の欲を利用し消費を促す。
・比較と競争を促す。
・その結果本来の自分らしさを見失う。
・途上国は自国の文化を劣ったものと考え始める。
・自然資源を浪費する。
・人口増加により自然資源は限界に達する。
・生産者と消費者を遠ざける。
・我々と政府の溝を深める。
・長距離輸送でCO2の大量発生。
・その地域本来の経済活動を壊しそこにあったコミュニティを壊す。
・進出してきた企業(職場)が人々の新たなコミュニティになるが、その企業は合併や買収、また低賃金の国へ移転し、失業者を生み出す。
・結果としてその地域本来のコミュニティを失った孤独者を生む。
・貧富の差が生じ、生きるか死ぬかの状況になる者も出てくる。
・生きる選択としてテロリズムが起こる。
○ローカリゼーションとは
・多国籍企業や大手銀行を地域財政から排除すること
・地域が求める商品の生産を高め輸出入の依存を減らすこと
・ただし国際的な孤立・保護主義・貿易の廃止とは異なる。

その他の特徴として
・地域で必要なものを地域で生産
・持続可能な経済を作ること
・地域の需要を最優先に考えることが必要

経済を作る上で政府が行う重要なことを3つ
・輸出入に対し通商条約で何か規制を設ける
・何に税金を課すか、何に補助金を変えるか
・現在のところあらゆる政府機関が大企業を支援するためにその仕組みを使っています。
社会の崩壊や環境汚染を止めるのには、公平な競争条件の確立が必要。

・グローバル経済では商品のその先の背景(関連する人や物や環境)は見えません。
しかし人間的な規模での経済では自分の選択の及ぼす影響を感じられ、生産過程での環境破壊や過酷な労働実態が見えるため経済はより責任を意識したものになる。

・途上国のコミュニティを支援する よりよい方法は、食料自給や自立を促すことです。それが世界から貧困をなくす方法。

・地域社会は子供たちの学びの場。
人生の在り方や生活上の規範など、生きるための指針を学ぶ場所です。
各自が地域の中で役割を担い暮らしている。
他の文化を模倣して生きる必要はない。
大切な信念や価値観は地域の中にある。

・世界のメディアを描き出す完璧な広告のイメージは劣等感を生み出します。
劣等感を抱くことで、将来視野が狭くなり偏見を持つようになります。
一方、子供たちが強さや弱さを持った人間性あふれる人々と触れ合うことで、より現実に近い感覚で自己を認識できる。
そこに「セレブ」はいませんが、誰もが知られ認め合う「誰か」であり社会の一員であることが自尊心を育て、その自尊心が人に対する敬意を生み出す。

・人と自然とのつながりも強める。

・時間なゆとりがある。

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感想

このドキュメンタリー映画を観て、ローカリゼーションを目指すのは多少現実味に欠けるんじゃないかと思うこともありましたが、このブログのために文字に起こしてみると、自分の価値観と非常に近いことに気付き、また自分になかった考え方をたくさん発見することができました。

誰だったか忘れましたがある方の発言で、
「グローバル化により日本人の生活水準は今より下がるが、発展途上国にとっては水準が上がり全体的には適正な水準になる」という考えを知り、グローバル化は世界レベルでは良いことなんだと僕は理解していました。
しかしこのドキュメンタリー映画を観て、(自分でもなんとなく感じていた)グローバル化による多くの弊害を把握することが出来ました。
かと言って、今まで貧しいながらも幸せだと感じていた人々が、自分たちよりも物質的に遥かに裕福であったり便利な暮らしを目の当たりにすると、そちらに流れてしまうのは致したかないことだとも思います。
自分に当てはめてみても、例えば僕はAmazonで中古本を買いますが地元の経済を優先して地元の本屋さんで買うかというと、Amazonの便利さに匹敵する何かサービスであったり価値がそこにない限りAmazonを選びます。
地元の本屋にしかできないサービスがあるはずですが、みんながそれをするとは思えません。
ローカリゼーションを目指すことが自分にとっても良いと分かっていてもです。
しかしこのドキュメンタリーにもありましたが日本より何年か先を行くアメリカでは、ローカリゼーションに価値を置く一部の市場が既にできており、日本でも例えばファーマーズマーケットなど地元の農家との繋がりを大事にする動きがあります。
またローカリゼーションについての説明にある
「地域社会は子供の学び場」
「強さや弱さを持った人間性あふれる人々と触れ合うことで、より現実に近い感覚で自己を認識できる」
といった近くの密な横の繋がりは、僕が病気になって子供たちの今後が心配になったときに強く欲したものそのものです。
それだけでも僕がローカリゼーションを目指す理由として十分であると思います。
地元の強いコミュニティを煙たく感じることもありますが、地元の経済が潤うこととはまた違う次元の話です。
「これはどこの野菜で、これはどこの山の木で、誰がその仕事をして」という物語のある経済には、人との繋がりを感じられる本来の豊かな暮らしであると思います。

GDPが幸福度と直結しないことは既に分かっていますし、
グローバリゼーションは途上国の既存の経済に悪影響も及ぼし、その安い労働賃金や資源の量の上で成り立っているという不条理からしてもローカリゼーションの重要性がわかります。

それを大手企業との繋がりの強い政府に働きかけても難しいように思いますが、自分がローカリゼーションの選択をする自由はあります。

ちょうどタイムリーな話題ですが、地元兵庫県産の木材を使うことで、昔のように地元の林業を活性化させ、地域経済を循環させ、途上国の森林伐採による環境破壊をやめ、木材輸送に発生するCO2排出を抑え、また補助金によって県内で一番金利の安い住宅ローンが組めるという、ローカリゼーションそのものの取り組みがあります。
まだ始動して間もないので運営が安定するまでもう少し時間が掛かりそうです。それまで維持するためのクラウドファンディングが立ち上がりました。

https://camp-fire.jp/projects/view/21237

皆様のご支援お待ちしています。

長文読んで頂きありがとうございました。

オールアースパウダー

去年、賃貸マンションにて塗り壁ワークショップをしましたが、(初めての経験で)仕上がりにムラがあり塗りなおすことになりました。それについては以前このブログで書きました。
http://www.sonebase.jp/blog/daiku/?s=%E7%8F%AA%E8%97%BB%E5%9C%9F%E3%82%81%E3%81%8F%E3%82%8A

その続きを紹介ところですが、今回は壁や天井に塗ったオールアースパウダーと電磁波の説明をしたいと思います。
少し硬い話になってしまいますが。

電磁波と言ってもいろいろありますが、壁内の電気配線から発生する電磁波と、それを遮断するオールアース工法について説明します。
日本の電磁波に対する安全基準が欧米よりもゆるく健康被害も出ています。
それを正しく理解し、電磁波を測定することで数値を把握し、ドイツやスウェーデン並みの高い安全基準をクリアするように対策するという方法です。
今現在日本で電磁波測定士が1050人ほどいるそうです。ちなみに私たち夫婦も一年半前に測定士になりました。仕事させていただいている元請けさんやマーケティングの勉強会仲間も多数測定士がいます。

家屋内の電気配線量はここ30年で6倍に増え、電磁波にさらされやすい環境になっています。
家電製品から発生する電磁波の中で、長時間人体に接するものは注意が必要です。パソコン、電気カーペット、電気毛布、電気こたつなど。
それらをアース端子付きのコンセントに繋げれば良いのですが、日本は基準が緩いので、そもそも家電側のコンセントプラグにアース端子があまり付いておらず、鼻から電磁波対策がなされていない家電製品がたくさんあります。
またアース端子付きのコンセントが各部屋にない場合もあります。
そんな場合でもパソコンなどは「プラグインアース」という簡易アース機器で簡単にアース処理することができます。
しかし電気カーペット、電気こたつ、電気毛布などは難しく、電磁波を気にされるのであれば使用をやめるしかないようです。

そもそもなぜ電磁波対策が必要なのか?(先こっちです。すみません。)
説明の仕方によっては、不安を煽った商売にも聞こえるかもしれません。しかし実際に電磁波過敏症というものがありますし(早稲田大学の研究チームによると日本の人口の3〜5.7%が発症、意外と多い)、正しくアース処理されていないパソコンやOA機器の近くで長時間業務をされている方は、目の乾きや疲れ、イライラ、肩こり、頭痛を経験されるようです。
因果関係までは僕の知識では説明できないので説得力にかけるかもしれません。
少なくとも欧米は電磁波に対する数値の基準は高く、電磁波を考えた配線計画がなされているそうです。

これは「スパンボンド」というアースが取れる布。この布を壁内に張り巡らしアース接続されたコンセントと繋げることで(地中につながる)、壁内の電気配線から発生する電磁波を遮断することが出来ます。(オールアース工法)

オールアースパウダーとは、数ある珪藻土の中でも調湿性能が抜群の「MPパウダー(商品名)」という珪藻土に、このスパンボンドの繊維を混ぜて開発されたもので、このオールアースパウダーを壁や天井に塗り込みアース接続(地中に繋げる)することでスパンボンドを壁内に張り巡らすのと同じ効果が得られるという優れもの。

スパンボンドの端切れをアース付きコンセントのアース線に接続し、この端切れにオールアースパウダーを塗り込むことで、壁・天井がアース付きコンセントを介して地中に繋がり地中と一体となります。

この写真は、この部屋はアース付きコンセントがないので、隣の部屋からスパンボンドを壁の中を通して繋げています。
当初、銅板で繋げていたのですが、オールアースパウダーをワークショップで塗った結果、銅板からサビが発生し仕上がり表面までサビが浮いてしまいました。
今回はその反省として、銅板をスパンボンドに変え、それを止める釘もサビの発生しにくいステンレスのものにしました。
初めての経験は失敗は付き物です。

当初こんな風に銅板と鉄製の又釘で試しましたが、アク止めのシーラーを塗っただけでサビが発生しています。

その後の進捗状況はまた後日綴ります。

僕のできる電磁波やオールアース工法の説明はこんなところですが、詳しく知りたい方はwebで「オールアース」と検索してみて下さい。僕はまだ読めていませんが。

塗り直した珪藻土オールアースパウダー

調湿効果の高さだけでなく、電磁波対策もでき、また塗り壁の風合いや、施主さん自ら塗ることができ(慣れないと大変ですが)楽しむことができ、愛着も湧きます。思い出にもなります。

という宣伝でした。

子供の世界観

今朝起きると、子供の作ったLEGOがテーブルの上に置いてありました。

 

親バカですが、4歳の子が作ったと思うと中なかなか可愛らしく世界観が面白いです。

これは以前に息子が見せてきたやつ。

「いっぱい乗っとるな〜」と僕が言うと、

「みんなでセミ取りに行くねん!」と息子。
4歳らしい世界観にウケました。

家計の見直し

最近我が家の家計を見直しております。
というのも去年仕事復帰してからは何とかやりくりできるだろうと楽観視していましたが、儲け重視を辞めたことや、新しい取り組みとしてワークショップなど今すぐの収入に直結しない仕事が増えたために、それらがストレートに家計に影響しています。
このままでは赤字続きでいずれ貯蓄が底を吐く可能性があるので、食費を抑えることにしました。
今まで僕の「治療モード」の食事にかなり食費を掛けていました。
国民年金を一時減額し、保険の解約、妻の奨学金返済の一時停止、などをして出来るだけ食費に集めています。
ちょっと暗い話で済みません。
体質改善のための休業期間の資金として、事業用に借りていた資金を利用できたのですが、その返済もかさんでいます。
普段の生活は質素ですが、食費はセレブ並みに掛かっていましたので、出来るだけ実情に合わせ赤字にならないようにしていきます。家計も立派な経営です。
家計を見直しながら妻と考えを交換し、意見の違いから過去にもたくさん衝突しましたが、それをマイナスに捉えるのではなく、もっと同じ気持ちで向き合い力を合わせたいと自分が思うことで、良好な関係になったと思います。
今回の家計の見直しは夫婦の関係を見直す良い機会にもなりました。
結局は自分の気持ち次第で何度でも好転出来ます。相手が理解しないからこちらも理解しない、「鶏が先か卵が先か」にこだわるのではなくではなく、いつまでもこんなこと(衝突のたびに理解し合えない)している場合じゃないと気持ちをその都度改めることで、夫婦関係が少しずつ良い方に傾くと思います。
家計の削れるところを探していると、世界的にみると裕福な生活をしているとはいえ、それが当たり前だとなかなか削ることは難しいと痛感します。
住居、車、食費、日用品、娯楽費、水光熱費、年金、税金その他、節約は出来ても最低限必要ですし、結局自分の住む場所の基準によって削れる許容量が変わるように思いました。
車の所有など一度その基準が当たり前になるとそれを捨てるのがいかに難しいかが分かります。
まだ子供にお金が掛からない時期にヒイヒイ言ってます。
稼ぐためには夫婦関係が肝です。

書評 それでもあなたの道を行け: インディアンが語るナチュラル・ウィズダム

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自分の好きなインディアンから生き方を学ぼうと思い、その手の本を読んでいます。今回3冊目になります。
この本の解説にあったのですが、先住民の言葉から英語に翻訳される過程、そして後に日本語に訳される過程で、その言葉に含まれる意味が少しずつ消えてしまいます。それを理解した上で読んで下さい、とのことでした。
この本には自分にとって新しい考えがいくつか書かれていました。
その中で心に響いたものを備忘録として記しておきます。
文は多少短く端折っています。
【円環(サークル)】
「全てのものが円を描いている。
自分自身の行いも円を描いて戻ってくる。
天空も地球や多くの星もボールのように丸い。
風は渦を巻く。
太陽も月も円を描いて昇り沈む。
季節でさえ変化しながら大きな円を描く。
そして季節は必ず自分のいたところに戻ってくる。
人の命は子供から子供へと繋がる円をなしており、
こうして円環は、力の働くあらゆるものに見られる。
ーーーーーーブラック・エルク」
自分の行いが回り回って自分に返ってくるということは自然の摂理だということがわかりました。
【7世代先】
「まだ生まれていない世代の人々が私たちよりも悪い世界で暮らさぬよう、いつも7世代先の人々のことを念頭に置きながら決め事が行われる。」
これはインディアンの有名な考え方ですが、大切にしたいです。自分の行いがいくら現世で役に立っても、後世に全く役に立っていなければ虚しいです。
世代を超えて俯瞰する大切さがわかります。
【平和】
「最初の平和は自分の中に生まれる。それはいたるところにあって、一人一人の内部にある。これこそが真の平和。次に2人の間の平和、その次の部族の間の平和がある。これらの平和は、この真の平和を知らない限り実現しない。ーーーーーーブラック・エルク」
完全には理解できていませんが、おそらく自分の心の中までは誰にも邪魔することはできないということ、逆に言えばいくら周りが平和でも自分の心が荒んでいては平和を感じることはできない、ということだと思います。
【経済】
「昔は治療から一切の報酬を受けていなかった。ところが我々のあいだに、支払いとか取引という考えが入り込んで、病気を治すのにも、高額な贈り物や代金が要求されるようになり、飽くなき貧欲や競争心が生まれ、治療の場から道徳心が失われていくことになった。」
「経済や技術が白人たちを手助けしているとしても、平等の原則を用いないならば、経済や技術によって滅ぶだろう。原則を用いない目先の利益や損失など未来の世代にとってはなんの意味もない。」
【人の立場】
「我々は彼ら(他の動物)のことを忘れ、人間が超越した種であると思い込んでいる。しかし、我々など結局のところ、創造物の一部に過ぎない。山とアリの間のどこかに場所を得ている。我々は他の者たちの面倒を見るための心が与えられている。自然の物質や動物たちや鳥たちは、恩寵(おんちょう:神の恵み)の中に生きている。彼らは悪事をなさないが、我々は兄弟である自然に対して、あるいは他の人間に対して悪事(自然に反すること)を犯すならば、創造物の神の目から見て最悪なことをしでかしていることになる。」
「木や果物も、動物たちも、今も変わらず同じ生き方を守っている。人間に与えられた生き方とはなんだろう?そこには生命があり、円環サークルがあり、はじまりも終わりもない尺度がある。」
「過去に学び、過去に従うことで私たちはこれからもずっと大地に住み続けることができる。」
所詮ひとは自然の一部でしかなく、身の程をわきまえることが自然の一部である自分たちのためであるという警告だと思います。
【命】
「命とはバッファローの吐息、ホタルの光、横切る虫の羽音である。」
どれも命であり、それ以上でもそれ以下でもないということでしょうか。はかないものともとれます。
【白人】
「白人の宗教は1つの本に書かれているのに、人々は意見が違う。」
「宗教は力であるのに白人のそれはいさかいを起こしている。」
【パラダイム】
「我々は「なぜ」を聞かない。相手の言うことに耳を傾け自分で理解する。「なぜ」は聞いていない証拠。
そうすれば相手がなにか理解(宗教)(考え方)を持っている事は当たり前で、自分を知り、互いの理解(宗教)『考え方)を分かち合うこともできるようになる。」
人それぞれパラダイムがあり、相手の話を傾聴することで理解に徹するという「7つの習慣」と同じことを言っています。
【尊敬】
「もし全ての人が、他の人のためになにかをしてあげるようになったら、この世に困っている人など、いなくなってしまうでしょう。ただ身近な誰かを助けてあげればそれで充分。」
「女は歳をとれば力もなくなり働けなくなる。おばあさんがいるからこそ孫たちもいることができるのだから、おばあさんを優しくしないのは間違っている。」
「私たちは互いにいたわりあうように教えられました。互いに尊敬しなくてはいけません。自分のことに気づかぬように、他の人のことも気づかってあげるのです。それをしている間は困った問題は起きません。しかし隣人を憎み、隣人の持ち物を盗み、彼らに嘘をつき、自分で食べ物を作らず、他人の作った食べ物に頼って生きるようになると、そのとたんに私たちはバランスを失います。」
「大地は全ての人間の母だから、人間がその上で平等なのは当然のことだ。人間はみな兄弟だ。」
お互いを尊重することは自分のためでもあると思います。
円環にも通じる話です。
【問題】
「どんな乗り越えがたき問題にぶつかっても、あの山のてっぺん(死ぬこと)より低い。どんなことがあろうとあの山のてっぺんを見ろ。わしらがいつかまた出会うとしたらあの山のてっぺんでだろう。と言って次の月にこの老人は亡くなり、その意味がわかった。」
自分一人の悩みなど所詮ちっぽけなものということだと思います。
【怒り】
「心配、怒りは良くない癖だ。罪を犯す人は病気になる。悪い考えを抱いているからだ。
幸福はそれ自体が良いことであるばかりか、健康にもとても良い。」
円環にも通じる話です。
【在り方】
「人は霊性について学びたいという気持ちが強過ぎるあまり、自分の目の前に差し出されたものに、良し悪しも見定めずに飛びついています。しかし自分がなにをしているのかちゃんと理解していないと、実際には自分自身を傷つけることになるでしょう。自分自身の原点から学ぶのです。そうすれば、自分自身のなかに秘めている霊性のありかにたどり着くことでしょう。ーーーーーーブラック・エルクの孫娘」
目標よりも在り方・自分らしさの方が大切だということかと思います。
《全体の感想》
インディアンの言葉から自然の摂理や知恵を知ることができました。彼らはとても理想的なところで生きていることが感じられます。
経済社会に生きる自分にとっては、お金を介して各々が得意な仕事に専念でき、それによりそれぞれの分野で発展した便利なことを享受していますが、便利さで言えば理想的な生活かもしれませんが、経済競争によって道徳心が失われ易くなったり、人同士や動植物・自然との繋がりというか思いやりが粗末になり易くなります。
この社会を今更放棄するのは不可能だと思いますが、
行き着く先は自然の摂理に則した循環型の社会であることは明白であり、
自然界に近い位置に身を置く彼らの生き方から人のあるべき姿を学びながら形は違えど考え方・生き方の指針にできたらと思います。
個人的には、表現は質素だけど本質を突いたことが書かれており、とても良い本だと思いました。

深みを与えるもの

先日、松下幸之助氏の“心配またよし”という話を読みました。
何事も悩みも恐れもなければ世の中安泰ですが、悩みや恐れをもち、それを乗り越えていくことに生き甲斐や人生の深みがある。
という話でした。
それまで「悩み」に対してマイナスイメージを持っていましたが、深みのある人生にはプラスに働く必要なものと捉えることができました。悩みのないところに学びもありません。
それとは別の話ですが、一生において誰しも心を痛める経験はあると思います。
離婚、大病、死別(や、また戦争、飢餓)を経験している最中は、社会からの疎外感のようなものを感じると思います。僕はガン闘病中にそれを感じました。
そんな疎外感を感じる時に必要なのが、「愛」であったり、その先に「希望」であったりすると思います。
人生には紆余曲折があると思いますが、それが人生に深みを与えたり、何が本当に大切か気付くきっかけになったりします。人それぞれ大切なものは違うかも知れませんが。
なにかをする時に、その目標に早くスムーズに辿り着くことばかりが良いのではないことを知りました。

大工になった理由とこれからの道のひらきかた

大工になろうと思ったのは大学4回生の頃です。大学では建築を専攻していました。高校は唯一数学が(どちらかと言うと)得意だったので理系に進みましたが、要領が悪くダラダラと過ごしておりまして、大学に行く理由の半分が遊ぶためという世間知らずのバカ息子でした。
建築を選んだ理由は「渡辺篤史の建物探訪」など住宅番組が好きだったこと。好きなように家を設計できたら面白そうだなと漠然と思っていました。
理系なので必然的に工学部に進むのでその中にある学科の中から選んだという感じもあります。当時は社会経験などなく何も分からないなりに考えて選びました。
しかし大学での設計の授業はそんなに甘くなく、要領の悪い自分には苦痛でしかありませんでした。
実際に自分の目で見たこともない建物の断面を図面として線を引かなければなりません。
もちろんルールさえ覚えれば実物を知らなくても「こんなんでええんかな?」と思いながらも線は引けます。
要領の良い生徒は信じられないスピードで図面を描き上げます。
また設計の課題も、部屋数、大きさ、間取り、動線といった条件を満足した設計はできても、デザイン性や面白みのある設計センスはゼロでした。
そんな経験から、あれこれ頭で想像する仕事よりも現場で体を動かす方がフラストレーションが溜まらず自分には向いていると思った事と、また当時リストラがブームで手に職があった方がいいと思い、大工なら「老熟・老練」的な技術が身につくイメージがあったので、歳がいっても困らないのではと考え大工の道を選びました。
もう1つの理由としては、高校のときの反動で大学1、2回生は授業をサボりまくり3、4回生は再履修の山で、留年せずに卒業するのに精一杯だったため、就職活動する余裕はありませんでした。
卒業してから10年以上たったつい数年前まで「留年してしまう(最悪な)夢」をよく見ました。
実際大工になってみて、学生時代に想像していた「老熟・老練」といった昔の大工のイメージとは違い、宮大工の世界ではまだそれは残っているかも知れませんが、一般的にはある一定の経験と若さによる耐力・スピードが求められる仕事が多いように思います。
頭と体を常に働かせるので、体がなまったり仕事が単調といったことはなく、やり甲斐のある良い仕事だと思っています。
収入面では苦労しながらも両親に生活を支えてもらいながら、一応一人前の日当が頂けるまでになりました。収入には苦労すると想像していたので当初家族を持つ気はありませんでしたが、家族を持つことができました。
病気になったことで収入が途絶え、貯金もなくなり、両親からの援助を受けながらもそれでは足りず借金をし、病気を治すための体質改善しながらも金銭的な休養期間の限界を見計らって復帰しました。
そして今はこのままの働き方では未来はないと思い、妻に誘われたのを機にマーケティングを学びながら未来の収入とより良い生き方を求めて充実した毎日を過ごしています。
一人前の大工になるのが目標でしたが、登った梯子の先は思ったより低く、今後どんな風に梯子を継ぎ足そうか思案しています。
ある程度一人前になった大工が(まだまだ覚える事はありますが)次に目指す目的地は商人として一人前になることではないかと思います。
それは「手に職」だけでは不可能な、より新しい価値やより大きな価値を提供するために必要な過程であり、一から新たな修行ができるような期待、希望が今の自分にはあります。
一人前の大工職人が次の道をひらく手段は、大工商人へキャリアアップする事だとこの一年を通して気付きました。
職人起業塾の高橋塾長はじめ、先日気付くキッカケを頂いたAさん(仮名)ありがとうございます。
また今まで事あるごとに自分を支えてくれた両親に感謝です。
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