大工になった理由とこれからの道のひらきかた

大工になろうと思ったのは大学4回生の頃です。大学では建築を専攻していました。高校は唯一数学が(どちらかと言うと)得意だったので理系に進みましたが、要領が悪くダラダラと過ごしておりまして、大学に行く理由の半分が遊ぶためという世間知らずのバカ息子でした。
建築を選んだ理由は「渡辺篤史の建物探訪」など住宅番組が好きだったこと。好きなように家を設計できたら面白そうだなと漠然と思っていました。
理系なので必然的に工学部に進むのでその中にある学科の中から選んだという感じもあります。当時は社会経験などなく何も分からないなりに考えて選びました。
しかし大学での設計の授業はそんなに甘くなく、要領の悪い自分には苦痛でしかありませんでした。
実際に自分の目で見たこともない建物の断面を図面として線を引かなければなりません。
もちろんルールさえ覚えれば実物を知らなくても「こんなんでええんかな?」と思いながらも線は引けます。
要領の良い生徒は信じられないスピードで図面を描き上げます。
また設計の課題も、部屋数、大きさ、間取り、動線といった条件を満足した設計はできても、デザイン性や面白みのある設計センスはゼロでした。
そんな経験から、あれこれ頭で想像する仕事よりも現場で体を動かす方がフラストレーションが溜まらず自分には向いていると思った事と、また当時リストラがブームで手に職があった方がいいと思い、大工なら「老熟・老練」的な技術が身につくイメージがあったので、歳がいっても困らないのではと考え大工の道を選びました。
もう1つの理由としては、高校のときの反動で大学1、2回生は授業をサボりまくり3、4回生は再履修の山で、留年せずに卒業するのに精一杯だったため、就職活動する余裕はありませんでした。
卒業してから10年以上たったつい数年前まで「留年してしまう(最悪な)夢」をよく見ました。
実際大工になってみて、学生時代に想像していた「老熟・老練」といった昔の大工のイメージとは違い、宮大工の世界ではまだそれは残っているかも知れませんが、一般的にはある一定の経験と若さによる耐力・スピードが求められる仕事が多いように思います。
頭と体を常に働かせるので、体がなまったり仕事が単調といったことはなく、やり甲斐のある良い仕事だと思っています。
収入面では苦労しながらも両親に生活を支えてもらいながら、一応一人前の日当が頂けるまでになりました。収入には苦労すると想像していたので当初家族を持つ気はありませんでしたが、家族を持つことができました。
病気になったことで収入が途絶え、貯金もなくなり、両親からの援助を受けながらもそれでは足りず借金をし、病気を治すための体質改善しながらも金銭的な休養期間の限界を見計らって復帰しました。
そして今はこのままの働き方では未来はないと思い、妻に誘われたのを機にマーケティングを学びながら未来の収入とより良い生き方を求めて充実した毎日を過ごしています。
一人前の大工になるのが目標でしたが、登った梯子の先は思ったより低く、今後どんな風に梯子を継ぎ足そうか思案しています。
ある程度一人前になった大工が(まだまだ覚える事はありますが)次に目指す目的地は商人として一人前になることではないかと思います。
それは「手に職」だけでは不可能な、より新しい価値やより大きな価値を提供するために必要な過程であり、一から新たな修行ができるような期待、希望が今の自分にはあります。
一人前の大工職人が次の道をひらく手段は、大工商人へキャリアアップする事だとこの一年を通して気付きました。
職人起業塾の高橋塾長はじめ、先日気付くキッカケを頂いたAさん(仮名)ありがとうございます。
また今まで事あるごとに自分を支えてくれた両親に感謝です。
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