手放せない道具たちから学ぶ

昨日一昨日と仕事終わりにアグリテインメント塾、職人起業塾と立て続けにマーケティングの勉強会に参加して来ました。

振り返りはまた後日。

現場の状況。こんなところで作業してます。

洗面所の床上げ。ここ最近床上げの仕事が多い。

ちなみに大引は今回もこんな感じ。土台に差し込む分と基礎の出っ張りに乗る分と欠き取ってます。

ちょっと左官仕事。バケツにモルタルを少し練って束石を地面に固定します。

断熱材。

このあとCF(クッションフロア)の下地になる合板を貼り、嫌いな床下点検口の部材を組み付け、養生して終了。

これはモルタルを切るときに使いますが、ホコリが凄いことになるので掃除機を充てながら使います。

今はこれ。主に石膏ボードや合板を切るときに使っていますが、先ほどのダイヤモンドの歯をつけてモルタルも切れます。

丸ノコなのでぶれず集塵機が連動しているので、先ほどのグラインダーと掃除機を両手に持ちフリーハンドで切るより圧倒的に楽です。

これは買ったばかりの空調服。

もうすぐ40歳ということで自分の誕生日プレゼントで買いましたが、これだけでは物足りないので他にも思案中です。

ファンが2個ついてバッテリーで稼働します。暑い日でもこれを着て作業すると常に扇風機に当たっている感じで場所を選ばず作業ができます。

これは充電丸ノコ。バッテリーで稼働するのでコンセントがないところでも使えます。

さらに「際切り機能」があり壁や床の際が切れるようにベースが一部脱着でき、写真のように普通とは逆の角度に傾斜できます。

これらの道具はあっても無くても仕事は出来ますが、こういうちょっとした機能のおかげで快適に仕事が出来ると、作業もはかどり手放せ無くなります。

明日はユニットバスが搬入・据え付けされるので僕は一旦空けます。

この台車も地味に活躍して手放せません。

自分も、痒いところに手の届く手放されない職人でありたいと思います。

激動の時代ではありますが、あえて物作りの職人にこだわって生きるのもいいと思います。

手放されないためには稲盛会長の言われる「利他の心」に尽きると思います。

僕もちょっと前まであの言葉をよく使ってましたが、暑苦しいのでやめときます(苦笑)。

価格競争


今日は例の台車を持って来て道具置き場を確保。

柱を抜くため梁補強。

そのあと大引を入れる準備。土台に穴掘って大引が土台に刺さるように加工。

なかなか進まない。

工期がないと以前のように早く仕上げることのみが目標になり、それ相応の動きや休憩の仕方になりますが、特別短い工期でない場合はそれ相応の動きになりますので、それほど進まないことが自分で感じられます。

決してサボっているわけではなくて、そのぶん納まりを考えていたりスピード以外のところに注力しているのです。

だから自分は決して電気屋さんが言うようなスーパーマンではないことが分かりましたが、その時の意思の違いでこれほど進み具合が変わってくるということは新たな発見でした。

今日サッシ屋の社長が打ち合わせに来られた時に、今サッシ屋さん達が廃業しているという話を聞きました。

なんでも大手の住宅メーカーの新築物件のサッシ屋さんの単価は一件3万数千円しかないそうで、500件ぐらいの新築物件をまとめて契約してトントンぐらいだそうです(東京の場合)。

一社だけに仕事が大量に集中し、そのぶん他社が暇になります。更にその一社が儲かっているかと言うと全く儲かっていない。という状況。

「これにはこれだけの人件費が掛かる」といったことが通用しなくなって来ているわけですね。

材木屋さんもあちこち店を閉めてますし、材木屋さんに卸していた問屋が工務店や個人の大工に直接卸すようになって来ています。

配達を主な業務とする中間業者が淘汰されている様です。

ゆっくり刃を研ぐ(考える)時間

今日も快晴。妻と子供たちは三木の「鍛治でっせ」という金物まつりのようなイベントへおでかけ。

僕は他に夏のイベントの準備を進めたかったので、甘えさせてもらい留守番。

イベント準備の前に、明後日に控えた職人起業塾の課題を先にまとめることに。

1日時間があると思ったせいか心に余裕ができて、度々違うことを考えてしまったり、YouTubeを見入ってしまったりと集中できず、天気がいいので実家の庭へ移動。

休日はあちこち出掛けるのもいいですが、普段は仕事や日々のタスクでゆっくり過ごすことは出来ないので、こうしてのんびり考え事ができる時間は心地良かったです。

自分の課題が見えてきたり、その解決方法を調べたりと、有意義ではありましたが未だまとまっていません。

今回はミッション・ステートメントという、志し、目標や目的の声明文を明確にし、またそれによって表面化してきた現実とのギャップを認識しながら、10年後にどうありたいか?を発表するという、自分の人生の根幹について考える内容です。

毎月の課題が難しく困ってしまうことも多々ありますが、こうして課題を与えていただき真面目に考えることを積み重ねることで少しずつ自分の考えが明確になってきます。

自分についての難しい設問を何度も自分で考えさせられる職人起業塾は、とても貴重な場であります。

それは読書なんかでは身につきませんし、1人で自問自答したところで続くものでもありません。

しかも皆さんの発表も聴けますし、塾長からの的確なアドバイスも頂けるという、とても恵まれた環境で学ばせて頂き少しずつ新たな行動へと変化し始めているところです。

まだまだまとまっていませんので、このあと引き続き考えたいと思います。

感謝。

気持ちのいい天気

今朝は最高の日差し。

台風一過のような視界の良さと日射しは、ハワイのような(行ったことないけど)、また新婚旅行で行ったアメリカの空のように澄んでいて山や田んぼの緑がいつも以上に綺麗でした。

それだけでなく、いつもはなんとも思わない街並みや車まで何故か鮮やかに見え、土曜日の空いた道で気持ちの良い通勤ドライブになりました。

昼頃は多少曇ったものの、夕方には再びクリアな視界で気持ちいい帰り道になりました。

仕事の方はというと、午前中で大方解体が終わり、昼から土台を据えたり柱を立てたり。

左の柱はジャッキで仮に突っ張っているもの。

写真真ん中の「ほぞ穴」を再利用してそこに新しい柱を立てます。

荷重が掛かる部分の柱なので、地震などでも抜けないように下も「ほぞ穴」を作ります。

「ほぞ穴」とは「ほぞ」という柱の上下にあるツノのようなものを差し込む穴のことで、新築と違いあとから柱を立てるので、ほぞを写真左から右へスライドさせて柱を立てています。(説明わかりにくいかな?)

 

柱が垂直に立った状態。

スライドさせる為に掘った「ほぞ穴」の溝はあとで埋めて完成。柱が抜けなくなります。

続きは来週。

洗面所と風呂の工事なんですが、そこで材料を切ったりするにはちょっと狭い。かといって離れたカーポートで切ったりするために何度も往復するのは効率悪い。来週からどっちで仕事しようか思案していましたが、カーポートの掃除が結構大変だったので、少し狭い現場で切ることにします。

そんな話、興味ないですよね。笑

先行配管

ブログの途中で夕食を挟んだせいか、書き込み中のものが消えてしまいました。

なのでやり直し。

今日から再びお世話になっている工務店さんの加古川の現場。

いじりちゃんこなお宅なので、じゃなくて、何度も増改築を繰り返されたお宅なので、電気配線が入り乱れています。(邪魔ってこと)

既に設備配管されているので破損させないように解体。

てゆうか、解体が終わってないのに自分たちが配管するためにあちこち中途半端に床をめくっているので、天井や壁を解体するにも足元が悪く、解体撤去する部材に穴を開けて配管したり金具を固定したりといらんことばかりしてくれているお陰で、解体しにくいんですけど。

と言いたいところですが、本当は設備屋さんもコッキリ解体してから配管したかったところ、解体が終わらず仕方なく配管だけはなんとか終わらせたのではないかと。きっと予定が詰まっていて仕方なく配管したということだろうと思います。

でないとあちこち床をめくるという余分な手間を掛けないだろうし、

それともあとの人のことを考えず配管だけして逃げたのなら頭悪すぎます。

でもそんなやんちゃな仕事する方も実際にいます。

工期や単価が本当の理由ではなく、そういう性格なようです。

なんか偉そうなこと言ってすみません。笑

コルク床

今お世話になっている工務店さんの現場の工程の都合で、ちょこちょこ抜けてそねべーすの仕事をしています。

賃貸マンションのコルク床貼り。

本来はコルクを貼る本職の方にお願いしますが今回は初めて自分で貼ってみました。

理由は、この現場はいつでもいいという有難い工期と、ジャンク品の大量のコルク床材を無料で頂いたのですがそのコルク板の厚みが3ミリ・5ミリ・7ミリ・10ミリと不揃いの上、紫外線なのか長期保管なのかで色落ちの度合いの違う材料が混合したり、角が欠けていたりと、どの部屋にどのコルク板を割り振るか考え、枚数の制限から厚みの違うコルク板を同じ部屋(LDK)に使わなければならないため、下地にベニヤ板を貼って調整とややこしい事をしているからです。

「そんなやいこしいことせんでええやん」ですが、ビニールクロスとクッションフロア(ビニールの床)が一般的な賃貸のマンションに、自然素材の天然コルク床を手間賃のみで安く提供できる絶好の機会なので(ベニヤ下地や速乾ボンドは必要ですが)、貼らせて頂く流れになりました。

勿論、自分でやってみたかったというのも大きいというか、一番の理由かも。

先日は洗面室・トイレを貼りました。

 

姿勢が悪いせいか腰が痛くなってしまいました。

保育園帰りの子供たちが来ましたが、保育園みたい。

玄関の廊下部分は不陸調整でパテ埋め。

4帖半の洋室は、色抜けの度合いの違いが特に大きい。実際にはこの写真ほどハッキリしていませんが。

これはあくまでジャンク品です。

そのうち色落ちして馴染んでくると思われます。

コルクのデメリットは色落ちすることです。自分で施工してみて実感しました。

今まで多くのお客さんにコルク床を提案し提供させて頂いてきましたが、色落ちというデメリットを伝える認識が弱かったとではないかと反省。

腰痛にならないように台の上でカットすると、かなりマシでした。

地べたで切る姿勢が腰を圧迫していたんだと思います。

うわー、写真で見るとダサい。早く色落ちして馴染んで下さい。

玄関は均一な色合いで揃えました。

今日はこの辺で。

時間の体感量

非常に興味深い記事を読みました。

19世紀のフランスの哲学者、ポール・ジャネが発案した「ジャネーの法則」というもの。

これは、生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例するというもの。

僕自身、「1年の長さの感覚」が大人になるにつれて年々短くなっているように思っています。

記事によると、5歳(幼少期の記憶があるであろう年齢として仮に設定)から20歳までの体感的な時間の長さと、
20歳から80歳までの体感的な時間の長さは、同じというもの。
要は、80歳まで生きるとした場合に、20歳の時点で人生の半分を体感量では終えている、という話。
ジャネーの法則

Y=k/X

Y:心理的な時間 X:年齢

という計算式で、例えば5歳児が感じる1年間は、それまで生きてきた5年間のうちの1年だから「1/5」に対し、
今年40歳になる僕が感じる1年は、今まで40年生きてきた内の1年でしかないので体感的には「1/40」になります。

因みにもうすぐ40歳の僕が80歳まで生きるとした場合で既に人生の75%を体感的に終えていることになります。

記事を参考に計算してみると、

(log40-log5)÷(log80-log5)

5歳までは記憶が曖昧ということで、5歳から40歳、5歳から80歳と記事にならって比べています。

高校時分は理系だったので『log』の計算は何度もした記憶がありますが、担任から『例年にない最悪な理系』と酷評されたなんちゃって理系だったこともありほとんど記憶が残っていません。

logの計算機がなくてもGoogleで「log40 計算」と調べれば「1.60…」と出てきます。

(1.6-0.69)÷(1.9-0.69)

=0.91÷1.21

=0.75 → 75%となりました。
この計算式が自分の体感と違和感がないか確認してみました。
小学生の6年間と社会人になってからの17年間を例に、

7歳から13歳までの体感量
log13-log7=1.11-0.845=0.265

23歳から40歳までの体感量
log40-log23=1.6-1.36=0.24

0.265と0.24という近い値になりましたが、
自分の「成長度合い」を感覚的に考えても両者は同じくらいに感じますので、この「ジャネーの法則」という計算式に個人的に違和感はありません。

ついこの前まで学生だった感覚があったり、歳がいってもまだ若いつもりの感覚というのは、当然の感覚であるともとれます。

「実際の残りの人生の時間」と、「体感的な残りの時間」に大きな開きがあり、前者の量によって自分ができる行動量が決まりますが、その行動量がどうであれ自分がそれをどう感じるかは後者の量に拘束されるのではないかと思いました。

僕は80歳まで生きるとして現時点で75%を終えていることがわかりましたが、実際にはいつ死ぬかはわかりません。
死ぬ間際まで今と同じ体力や思考の質が確保されているわけではないですし、平均寿命80何歳と言われていますが、80や90まで生きられれば一般的には良い方で、それよりも早く亡くなるほうが多いというか、よく耳にします。
今や60代や70代にガンや脳卒中で亡くなるのは当たり前で、それより早い方も多くおられると思いますし、また事故や自殺といった要因も平均寿命をグンと引き下げていると思うので、そもそも統計というものを余り信じていない僕は80何歳という日本の平均寿命について疑わしいと思っています。

話がそれましたが、人生の残り25%(体感的に)とわかって、
「残りの人生をもっとストイックに生きよう」と思うのも、
「残りの人生はおまけみたいなものだから気楽に生きよう」と思うのも、結局は人それぞれだと思いますが、誰しも「1日1日を大切にしたい」という気持ちは強くなるのではないでしょうか。

しょーもないテレビ見てる場合じゃないでしょです。

曲線・曲面もしたい

昨日と今日の現場まとめて書きます。

昨日はケーシングというL型の壁見切り材、巾木、廻り縁といった床・天井の見切り材を取り付けてLDKを仕上げ、以前に入れ替えたアルミサッシの窓枠を数カ所取り付けました。

久し振りにめんどくさいやつ。

たった2個だけど手こずりました。

余裕で終わると思っていましたが、材料を片付けたり、現場に来た方何人かにそれぞれ打ち合わせや対応していると、想定外に時間が過ぎていき、19時頃になってしまいました。

クロス屋さんにバトンタッチ。

 

日が変わって今日は工務店さんの倉庫で造り付けの家具と神棚の製作。

フリー板(ばん)という集成材。無垢の板と違って製材する必要がないので手間が安く済みます。

今まで自分が作ってきた複雑な納まりのものに比べると、作りや取り付け方もシンプルなので面白味はありません。

こんなこと言うとヒンシュク買うかも知れませんが、単純な直線の仕事に飽きてきたのかも知れません。

今、祭り屋台の模型の事もあり、曲線・曲面に関心がありますし、曲線があることで出来上がりの喜びも違ってくることは容易に想像できます。

しかし、いくら自分が曲線の仕事に興味を持ったところで、お客さんにとっては、直線で構成されたこの写真の本棚兼デスクの方がよっぽど機能的で価値があるからこうして仕事になっているということを理解しました。

「顧客はそれを見るまで自分がそれを求めていることを知らない」みたいな言葉がありますが(あやふやですみません、ジョブズだったかな?)、曲線が良いと思うならその良さを感じられるものを顧客に提案できるようになればいいんだ、という話でした。

 

神棚2つ。

手前がメインの神棚。

奥は荒神(こうじん)さんという火の神さん用の神棚。

この2つの神さんを分けた方がいいのか?となりwebで良い位置関係を確認することになりました。

理想は分けた方が良いそうで、また出来れば神棚の下や上を歩かない様な位置関係が理想だそうですが、現実的に難しい家も多々あるようです。

屋根の作りを構想中

祭り屋台の模型を組み立てるイベントを8月に開催します。まだまだ準備はこれからです。

対象は子供、特に小学生くらいで、集中力の持続時間を考慮して土日に1日2時間ずつ計4時間ほどで一応完成できる物にしようと思っています。

そのイベント後は誰でも同じものを作れるようにしたいと考えています。
といっても、部材の準備に僕の手間が多く掛かってしまうものだと僕が続かないので、できればファブラボ タカサゴにあるレーザーカッターや3Dプリンターに働いてもらい、誰でも部品を作れる仕組みにしたいと考えています。

今のところまだ図面が出来たところで、屋根をどのように作るか考えています。
屋根は反り布団ではなく、神輿屋根型です。

屋根部分をどのように作るか色々考えましたが、曲線、曲面が複雑で全体の中でも一番手間が掛かりそうなところなので、ここの工程を簡素化することが今回の計画の一つ目の関門です。
小学生くらいの子が計4時間ほどで組み立てられるものにしますので、プラモデルの車のボディのように既に形が出来ているぐらいが良いと思います。

3Dプリンターは、製作物の形によりますが中を空洞にするのが難しく、その分地味に時間が掛かるようで、使用料もそこそこ掛かりそうです。

それよりもシリコンか何かで型を作って、液体になるまで熱した材料をその型に流し込むといったアナログな作業の方が今のところ向いてそうです。

作り方を調べて時間があるときにどんどん進めていきたいと思います。

未来のこと

今日は窓枠取り付けとボード残りを貼りました。

 

情報革命であらゆる産業が変革すると言われています。

コンピュータが人間の知能を超え、人間が考えるよりも早く的確に答えをデータから導き出し、それによって例えば弁護士や医者といった今まで高度な知識が必要とされてきた職業はコンピュータに取って代わりそうです。

大工仕事も一般的な作業においてらは、経験や勘よりもコンピュータの指示が重視されるようになるのかも知れません。

AI(人工知能)が工程表を作ったり、最適なプランを提示したりできると思います。

先日、3Dプリンターによって1日で完成する家がロシアかどこかにあることを知りました。

自分の仕事がどう変わっていくか中々想像出来ませんが、

人類史上最も大きな変化を経験できる面白い時代だと思うと、楽しみでもあります。

今まで覚えてきた技術や試行錯誤して身につけた経験などの半分は価値がなくなるかも知れません。

そう考えると、いずれコンピュータに取って代わる工期や効率ばかり考えながら仕事をするより、AIにできないクリエイティブな面を伸ばすことを考えた方が良さそうです。

これからは楽しんでなんぼではないかと思いました。

そう考えると、工期を考えながらのボード貼りってチープです。

所詮ボード貼りには、速く貼ることぐらいしか面白味が無いんですが。