第36回オンリーワンファミリーセミナー

本日昼から月1のオンリーワンスクールファミリーセミナーに妻と参加してきました。

今回はいつもと違い全てのレジュメを時間通りに触れることができました。

その分一つ一つの内容は浅くなったそうですが、政治、経済、教育、国際情勢、社会といった社会の出来事や基本的な常識の説明に触れられるなかで、自分がいかに世の中のことが分かっていないか反省しました。

世界では国民が政治に関心を持つことが当たり前ですが、ここ日本においては自分も含め無関心な人々が多く、政治の仕組みという基本的な社会常識すら理解していない状態では、子供にまともな教育ができない、親として子供を向かうべき方向に導くことすら出来ない、と感じました。

このセミナーで毎回感じると同時に質問にも上がることですが、「日本の教育レベルの低さの原因」について今日も疑問に思いました。

世界との違いといえば、日本は島国であることから、陸続きの隣国がなく、隣国との間に海があることで侵略される危機感や直接影響を受けやすい環境ではないことや、

戦後の人口爆発により、比較的簡単に世界トップレベルの経済成長を続けてこれたことなどが怠慢の原因ではないかと思い、

変化する必要性を感じる機会の少ない環境が、従順な軍人または従順な企業人的な人間を作り上げる教育に繋がったのかもしれないと感じましたが、今日はあまり質問する時間がなかったのであえてその疑問について質問しませんでしたが。

原因はどうであれ、これからどうすべきかが大事で、今の政治が自分や自分の子供に影響してくる、直結しているんだということを知り、せめて問題意識として理解しておく必要性を理解出来ました。

なぜ日本の大人達が政治に関心を持てないかという話になりましたが、個人的には、「自発的に学ぶことの重要性を知らないこと」、それにより「政治が自分の生活に直結していると気付いていないこと(自分もでしたが)」そしてそんな国民に対して「メディアが政治を取り上げても反応がないから取り上げないこと」の悪循環があるのではないかと思いました。

小学生から受け身の授業を受け、受け身のテレビを見続け、知らず知らず受け身の習慣が身につき、自分の仕事以外(専門外)のことはほぼ全て人任せが当たり前になり、また長時間労働が当たり前の国民性も手伝って、政治や経済、教育、国際情勢といったことに関心を持つ余裕が無くなってしまっているのではないかと、過去の自分を振り返り照らし合わせながらそう感じました。

では何故今の自分は過去の自分と違い勉強をするのかと言えば、勉強の必要性を感じたことだけでなく、本来の勉強というものは面白いということを知ったからでもあり、正確な情報を知りそれを様々な場面での判断材料として正しく利用し、表面的な嘘に流されず本質を理解して、「幸せな人生を送る」という人生の目的といってもいい重要なものを満たすために、学び続けることが大切であると様々な学びの機会を通して体感しているからです。

例えば目先の収入を重視して長時間労働すればその分の報酬は得られるかも知れませんが、それは短期的な結果であって、長期的に見ればもっと「刃を研ぐ」行為、要するに勉強、自分磨きによって自分の能力・質を高める必要があり、それを怠り目先の長時間労働のみに没頭すると蟻地獄になってしまいます。

子供には本質的な教育の環境を与えるつもりで、それは競争というよりは、ただ幸せな人生にするために刃を研ぐ行為であると考えています。

それは同時に私自身も刃を研がなければ導くことなど出来ません。そんな学ぶ過程が人生であり、人生とは不完全なものであり、楽しくもあり儚いものでもあるのだと思います。

人生とは何か

本日は叔父の家のリフォームの打ち合わせを叔父、叔母、私、妻の4人でしました。

叔父は80歳くらいで、耳が遠いですがまだまだ全然ボケておらず、叔母と共に意識はシャキッとしています。叔父叔母共にあと10年くらいしか生きれないのでその期間維持できる程度にリフォームする、という前提で話を進めています。

10年と言わず、まだまだもっと生きて欲しい。側から見る限りは分かりませんが叔父叔母共に体は少しずつ弱って来ているかもしれません。

ちょっとしたことがキッカケで一気に体が弱ってしまう可能性も高くなってきているかも知れません。

長年夫婦で商売をし、今は店を畳んでいてもう商売をする元気はないでしょうが、意識自体は現役時代と何も変わってないような気がします。

ほとんどの孫が大学生や高校生で、世間一般では「おじいちゃんおばあちゃん」の歳ですが、僕にとっては今までそれほど接点があったわけでもありませんが、「おっちゃんおばちゃん」です。

平成元年にNHKのど自慢でおっちゃんが歌っている写真が床の間に飾ってありました。

約30年前だから50歳くらい。僕からしたらあと9年後の歳です。

商売されていた店舗兼住宅の解体の話や、隣のリフォームする住居を10年後20年後どうするかという話になると、少し涙目になっていて、どこか寂しさを感じている様子が伺えて、切なくなりました。

店舗は国道に面していて、昭和の好景気の時代に繁盛していたと思います。

3人の子供さん達(僕からすると従兄弟の兄さん姉さん)は今現在他の市に定住し、その寂しさもあるかも知れません。

今年別の叔父が2人も亡くなりました。

ちょっとプライベートなことを書き過ぎたかも知れませんが、おっちゃんおばちゃんの意識がまだまだシャキッとしているにも関わらず、残りの人生の時間のカウントダウンに入っているように感じている様子が、なにかやるせないというか、人生ってなんやねんという疑問になりました。

僕は一度大病をして死にかけるところでしたが、それ以来、人一倍「人生」とか「生きる目的」とかは考えてきたつもりです。

なにかを成すことが素晴らしいわけでもなく、なにも成さないことが悪いわけでもないと思っています。

楽しい出来事も悲しい出来事もどちらが良いわけでもなく、辛かった経験が意外と後々良い結果を招いたり感慨深い出来事だったと感じたりもします。

そう考えると、おっちゃんおばちゃんの少し寂しそうな様子も決して悪いものではないのかも知れません。

ただそれによって生きる元気を失わず、まだまだ元気に長生きして欲しいものです。

元気に長生きして欲しいというのは、相手のことを想う半面、そういう元気な様子を見たいという僕目線のある意味勝手な意見でもあり、何でもかんでも元気に長生きすることが正解でもないという風にも今感じました。

店舗のほうにおっちゃんの筆書きした言葉が壁に貼ってありました。

はっきり覚えていませんが、

「とっしょりでなんもできまへん

つんぼでなんも聞こえまへん

せっかく来てくれたのにすんまへん

                       秋田 ◯◯ 

播州弁で達筆な字で書かれており、こんなことを書くおっちゃんが格好良くも感じましたが、おっちゃんおばちゃん共少し切なそうに見えました。

第61回職人起業塾ふりかえり その3 ビジネスモデルまとめ

何度もひつこいですが、ホットシートのふりかえり。
ありがたいことに、塾長に弊社のビジネスモデルをまとめて頂いたのでここで整理。

ブログというよりブログを私物化した備忘録、というか読み手に価値のない内容になると(ホームページの管理をして頂いているゾロアスタさんがよく言う)自分勝手に投稿したネット上のゴミかも知れません。

早速、
①顧客セグメントは、
「DIYに興味のある高砂周辺の30〜40代奥様」

②提供する価値は、
「暮らしから逆算する豊かな暮らしを叶える家づくり」
「手づくりに価値を感じる奥様たちへのDIYスキルの向上」

③チャネルは、
「SNS、ニュースレター、イベント」

④顧客との関係は、
「顧客であり、指導員、DIY仲間」

⑤収入は、
「小規模リフォーム 月1件、中規模リフォーム 月1件、リノベーション 年3件」

⑥主なリソースは、
「建築士×(大卒の)大工」
「インテリアコーディネーター×住宅ローンアドバイザー」
(「意識高い系夫婦」)

⑦主な活動は、
「SNSで戦略的発信」
「リノベろ通信の発行」
「イベントへの参加」

⑧パートナーは、
「高砂地域コミュニティ」
「近隣の意識高い系店舗」
「職人仲間」

⑨コストは、
「毎日の情報発信、気合い 0円」
「ニュースレター発行」
「イベント出店費」

と、まとめて頂きました。ありがとうございます。

まずは認知が必要ですし、DIYの内容については手探りなのでケースバイケースで経験を蓄積しながら、メニューとして表していかないと。
事例をたくさん発信することで、「どんなことができるか?」や「何を考えているか?」「そもそもあんた誰?」という認知にちからを入れます。
弊社の今までの顧客は、以前からの知人または紹介がほとんどなので、ホームページからの問い合わせといった新規の顧客がほとんどないのが弱みです。
強みを伸ばすよりも弱みを改善した方が効果がありそうなので、発信に力を入れます。

コンテンツとして発信していく内容を一度夫婦で話し合う必要があり、塾長からそうアドバイスを頂きました。

「気合い0円」しかし時間は有限。出来れば日中の仕事を減らして発信の時間に当てたいところ。気合いだけでは続かない。

今から明日提出する見積もりチェック。眠いし。

絶対的幸福とは

アパレル通販サイトで有名なZOZOTOWNの前澤社長の10年前のラジオトークを聞く機会がつい最近あった。
ZOZOTOWNは知っていたが、この有名社長の事はほとんど知りませんでした。
話が流暢で分かりやすく、しかも未来のビジョンも素晴らしい。とても頭が良い印象を受け興味を持った。
(10年前の)彼の話の中で、社員共々「何のために」という目的を常に意識しながら仕事をしているというエピソードがあり、
ここ最近ビジネスモデルの手法に意識が向いていた自分にとって、目的を考え続ける重要性を再認識することになりました。

「何のために」この仕事をするのか、「何のために」その選択をするのか、普段から考える大切なことです。

そこでちょっと調べてみたんですが、人は何のために生きるのかと言えば、ザックリ言うと「幸福」のためで、人それぞれ「幸福」の中身は違いますが、どの選択、行動においても、例えば苦労を選ぶこともその先にある幸福のために、自殺であっても現状の辛さよりもそれが幸福であると考えて選択している。

この幸福というものには大きく分けて二種類あるそうで、相対的幸福と絶対的幸福。

相対的幸福とは、人と比べて収入が多い少ない、学力が高い低いという、他人との優劣で感じる幸不幸のことで、上を見ればキリがなく、永久に幸福を感じる事はない。
むしろ上に行けばいくほど更に上を目指そうとしてしまうそうです。

話がそれるが、少し似たような話で前澤氏の話で、「経済成長には限界がある」、人は地球資源を加工して販売して利益を上げている訳だけど、地球資源には限度があるから経済成長にも限界があるから、経済成長に求めるべき幸福はない、というような話をされていました。

話を戻して、相対的幸福とは別に、絶対的幸福というものがあり、これは、周りとの比較ではなく、それ単体で幸福を感じるもののことで、例えば「おふくろの味」は特に他と比べる必要もなく、好きな者にとってはそれ単体で十分幸福を感じることができるものである。

分かりやすく言うと、相対的幸福はナンバーワンを目指すもの、絶対的幸福はオンリーワンを目指すもの、であると気付きました。

目指すべきは、周りの環境に左右されない絶対的幸福、オンリーワンだということがわかる。

周りの意見を聞くことも大切なことだけど、いろんな意見を聞いて廻るうちに、当たり障りのない平べったい人間、無難な人生になってしまう。

自分の意見を優先させて、自分らしさを伸ばしながらオンリーワンをめざすことが絶対的幸福に近づくことになる。

自分独自の「好き」「楽しい」には、大きなメリットだけではなく大きなデメリットも含まれている。
人の意見を聞くことによってこのデメリットを回避できるものの、当たり障りのないものになってしまう。

当たり障りのない人生で満足して死ねるとは思わない。
目指すもの、選択するものの基準は「オンリーワン」というキーワードがあることに気付くことができた、という話でした。

早速、ZOZOSUIT注文しました。ZOZOSUITとは、自分の体のサイズを採寸するための服で、スマートフォンで360°撮影することで正確な自分の体のサイズが分かり、ぴったりサイズの服を注文できるようになるというもの。デニムジーンズの履き心地がかなり良いという情報もあり、また前澤氏の考えに共感したこともあり、今後はZOZOで服を購入したいと思いました。
今回の件で、いくら代表者の考えに共感できても、販売されている商品に魅力がなければ買う気にはなれないこともわかりました。

第61回職人起業塾 振り返り その2

職人起業塾でのホットシートで得た「大工とプランナーの夫婦」「ステージⅣの末期がんからの回復した経験」という弊社の大きな2つの強みのうち、前者は「振り返りその1」にて整理できたので、今回は「ステージⅣの末期がんからの回復した経験」の強みについて整理します。

自分の末期がんから回復した経験には大きな価値があります。

この経験は多くの人に興味を与え、必要な情報を与えることができます。

病気になる原因や根本的な解決策、手術、通院、抗がん剤、食事療法、休業、家族、借金、回復、仕事復帰などの様々な経験談を発信することができます。

末期がんから回復した者として、情報を必要とする人に役立つ情報を届けたいという、ビジネスとは関係のない単純な願望もあります。

それを建築屋としてのビジネスとを直接的に繋げる要素は少ないですが、がんに限らなければ、電磁波過敏症やシックハウス症候群、ヒートショック現象など、住まいと健康とが密接に関係している問題はいくつもあり、健康を意識した住まいを提案・提供する上で、自身の健康意識の高さが強みになります。

また、この経験を発信することは、建築屋としての収益とは直接関係のないように一見みえますが、職人起業塾的マーケティング手法である「在り方を伝える」という観点から考えると、(あざといかも知れませんが)自分の在り方を発信する上で非常に有効であると考えます。

この自身の経験を以前ブログで発信したことがありましたが、改めてコンテンツとして作り直し、ホームページ閲覧者に興味を持って頂くキッカケにできれば、マーケティング効果が十分あると考えます。

自分にとってのがん免疫療法

「がん免疫療法」の発展に貢献された京都大学の本庶特別教授(76)が2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞することが、本日の新聞記事に書かれていた。

がん細胞が免疫を働かないようにしていることを突き止め、その鍵を握る存在として免疫細胞の表面で「PD-1」というたんぱく質を見つけ、1992年に発表したとのこと。
今から26年も前ということ。

免疫細胞の働きを阻害するこのPD-1というたんぱく質を働けなくすることで、免疫の力を生かしてがんを叩くことが出来ることがわかったそうです。

これの原理を生かした治療薬「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)を製薬会社が開発し、2014年に発売している。
副作用が少なく効果が高いとされ、世界中の製薬企業が開発に乗り出し、抗がん剤研究の新しいトレンドになっているそうです。

ちなみにこのオプジーボの当初の価格は、1回約130万円、1年間の投与で3500万円。
現役世代の医療費自己負担は3割。更に患者負担に月額上限を定める高額医療制度があり、年収370〜770万円未満の人の自己負担は月に約60万円で済む。

自分が休業して県立がんセンターにお世話になっていた頃は、年収はもっと少なかったので、月額上限は8万円くらいだったと記憶している。
それ以外は全部税金で賄われていることになる。
当時、自分のがんを治すためにがん治療に関する知識を調べていた頃、この新聞記事の免疫療法とは少し方法が違う免疫療法について知り、その方法で商売している病院が、
「手術療法」「化学(薬物)療法(抗がん剤)」「放射線療法」の三大療法に次ぐ第4の療法と謳っており、非常に興味を持った。
しかし、自分が見たこの免疫療法は保険適用ではなく、到底支払える金額ではなかったので選択肢に入らなかったが、この過程が「免疫」のメカニズムについて興味を持つきっかけになった。

「免疫」とは、本来からだが持つ機能で、人間の体には1日数千個のがん細胞が作られているが、体の免疫機能がこのがん細胞を殺している。これは、現代医学では常識となっている。

そして「免疫」ついて情報のアンテナを張っているなかで、がん患者というのはこの免疫機能が正常に働いていないということが段々とわかってきた。
抗がん剤はがん細胞を縮小させるだけではなく正常な細胞を痛めつけることがわかっている。正常な細胞には免疫機能がある。がん治療に抗がん剤など以ての外だということがわかった。
しかし、現代医学という常識、権威に洗脳された自分の頭では、この単純なメカニズムを理解できても治療法の選択という得心に値するまでに時間がかかった。常識とは怖いものだ。それは自身の学生時代に偏差値教育に違和感を感じながらもその解決策を自分で考える力がなく、常識に従いながら皆と同じように学歴社会に従って、貴重な時間を暗記や板書といった意味のないことに時間を費やしてしまい、考える力が弱いことから様々な場面で苦労もしてきた自身の体験からよくわかっているつもりだ。

話が逸れたが、今回ノーベル賞を受賞されるこの免疫療法であっても、免疫機能を働かせるというメカニズムは素晴らしいが、がん患者の弱った免疫機能や代謝機能を回復させるという根本的な治療ではなく、薬を投与したときだけ効果がでるという一時的なものであると自分は考えている。
ただ抗がん剤とは違い、免疫機能を働かせることが目的なようなので、この治療法を続けることで免疫機能は回復する可能性はあるのかも知れない。
しかし、なぜ免疫機能・代謝機能が弱くなったのかを考え、そこを本人が改善しない限り対処療法でしかないと考えている。

この新聞記事を読みながら、自身の闘病のために情報を収集していた頃(特に2014〜2015年ごろ)、免疫療法というものが世間で注目されていたおかげで「免疫」に興味を持ち、自分のがん体質の根本的解決に導かれるキッカケになっていたのだということに気づき、感謝するとともに、多くのがん患者にとって、根本的解決のキーワードでもある「免疫」に注目するキッカケになればと思いました。