クライアントが知りたいこと

私はこのブログを自身の事業の発信として使っています。仕事としてブログ発信をしている訳ですが、趣味の範囲なら独学でもいいですが仕事としての効果を求めていますので、プロに教えてもらい上達する必要があります。そんな訳で今日はブログの書き方を学ぶお勉強に参加しました。

4回目となる今回は伝え方の具体的なレクチャー。
言葉の使い方では、「させていただく」という表現の注意の仕方と「てにをは」の的確な使い方の説明など。
その言葉の使い方によって、読み手は話の内容よりも言葉づかいの間違いに意識が向いてしまったり、また発信者の人間性が現れてしまうことも分かりました。

文章の構成では、「序論、本論、結論」又は「起承転結」にすることを毎回意識すること。

言われてみれば当たり前のことでも、独学でブログを書いていたこともあり、言葉や構成に注意を払っていなかったので、そこに意識が向くようになるキッカケになったことは大きな収穫ですが、今回はそれ以上に、ブログに書く内容を「自分が仕事で出来る具体的なこと」や「対策方法・修繕方法(DIYも含めて)」といった、仕事と直結することを書いていったほうがいいとわかったことがより大きな収穫でした。

対策方法や修繕方法を具体的にたくさん投稿することでそれがコンテンツになるだけでなく、わかりやすい情報がたくさんあれば読み手にとってナンバーワンの存在になり、仕事を私に依頼しようと思うということが実感できました。

見込み客・クライアントに対して私が出来ることを丁寧にたくさん書いていき、仕事に繋がりやすくしていきます。

 

今日のまとめ
・クライアントは私が仕事で何が出来るのか、クライアントのことが好きかを知りたい。

有難うございました。

ゲルソン療法氏家さん御夫婦と再会

本日は今月中と約束をしていた仕事を昼過ぎに終わらせ、午後から私の末期ガン体質を治したゲルソン療法のコーチとその御主人に3年ぶりにお会い出来ました。

仕事というのは地元の自治会の仕事が2つ。
ここ最近は元請けさんの垂水区の現場まで通っていますが、地元の仕事はその作業自体が自分の宣伝にもなりますので、「地域を絞る」ことの宣伝、効果の高さを感じます。

1つは掲示板。曽根天満宮西側で、そこからソネック辺りまでの一帯を御茶屋と呼びます。昔この辺りは天満宮に観光に来た人が休憩するお茶屋が何軒かあったり芸者さんのいる建物が2軒ほどあったそうです。
掲示板を新しく交換で、無塗装で格好良く仕上げようと考えていましたが、「白く塗装して欲しい」ということで、科学的な塗料っぽくならないようにつや消しのアイボリーで漆喰っぽい色に塗りました。

2つ目は集会所の木製フェンスの応急処置的補強。地面に着いた土台部分が雨が降るたびに濡れっぱなしになりやすく、濡れたり乾いたりの繰り返しで土台がボロボロに腐っていました。

昼食後はゲルソン療法のコーチ氏家さんと御主人の阿部さんを自宅へお招きして3年ぶりの2度目の対面で話しが出来ました。
1度目はゲルソン療法を始める折に具体的な実践方法などを学んだ時で、それから2年ほどは毎月(今は3ヶ月おき)血液検査結果を送り、検査結果の情報から私の体の変化を推測してもらいながら療法を細かくコーチして頂いていました。
お陰で今では「完治した」と信じておりますし、これは間違いのない療法だと思っておりますが、実際にエビデンス的にはどうなのか、その通りに実践して治らなかった方はいるのかを聞きましたところ、クライアントに付きっきりで診ているわけでは無いので本当のところは分かりませんが、療法通りに実践されていたであろう方が1名だけ亡くなられたと。
しかし色々なクライアントに接してくる中で、精神的な要因も関係していると感じているそうです。
だから「ゲルソン療法をその通りに実践すれば大丈夫とは限らない」ぐらいのニュアンスが近いようです(私感)。

また1日の食事回数を減らしたいというか既に2食に減らしていることを伝え、体の様子を見ながら問題なければ、またガン体質になりそうなものを間食しなければ、特に良いでしょうとの事でした。

御主人の阿部さんは以前と変わらず考え方が面白くて、様々な面白い話をして頂きました。
どこまで書いていいかわかりませんが、内容が多岐にわたるのでまた改めて書きたいと思います。

今日のまとめ

・10年続ければ本物 by 阿部さん

有難うございました。

消費者をやめたい

本日もインフルエンザで弱った妻の代わりに家事をはじめ飯作ったり子供を連れて出掛けたり、妻の背中をマッサージしたりと丸一日家族サービスになりました。

自分のタスクを横に置いて丸一日人の役に立つというのは決して悪いことではありませんが、人の役に立つことばかりで自分のことに全く構わないのは自分の存在を軽視しているというか、先日の「いきたひ」上映会&講演会で言うところの「自分を支えている多くの命」を軽視していることになると思いますので、いくら人の役に立つと言っても自分が活きることで役に立たなければならないと思いました。

子供たちは久し振りに外に出かけたいということで、姫路のショッピングモールに連れて行きました。お目当はトイザらスですが向かう途中の店でも、どれも使い捨てされてしまうであろう大量生産された商品の多さに疑問を感じました。
私自身が買う物も大量生産された物がほとんどですが、傷んだら捨てる、用が済んだら処分するといった「消費」を改めなければと考えさせられました。
トイザらスにも、あらゆるオモチャがあり過ぎて、「消費社会」「経済社会」のマイナスの側面を垣間見ました。
どのオモチャも、どの玩具メーカーも、「顧客のニーズは?」「何が新しいか?」といったことに頭を絞りながら開発されたのだと思いますが、改めてその「消費されたあとは処分される」オモチャの種類の多さに、疑問と言いますか、あるべき姿ではないのではないかと感じざるを得ませんでした。

例えば靴1つにしても、大量生産のものより靴職人さんが私の足の形や好みに合わせて作ってくれた靴を修理しながら使い続けることが出来るなら、そのほうが豊かというか「消費」ではなくなるというか、より愛着が持てるというか、今考えるとそう思うのですが、経済社会の中で消費し続けることがごく当たり前になってしまっていることに、ここ何年か少しずつ違和感を感じるようになってきました。

決して大量生産を否定する訳ではなく、有り難みをあまり感じずに傷んだらすぐに処分してしまう消費の仕方に気をつけるべきで、修理したり、再利用先を考えたり、買う前にふと考えたりといったことを、日頃から考える癖が必要であるという気付きになりました。

物を大切にすることで、最初に書いた自分が活きることと同じようにその物も活きると思います(ちょっと無理やり話を繋げましたが)。
人も物も活きる使い方をしたいものです(なんか偉そう)。

 

今日のまとめ

・人も物も「消費」ではなく「尊重」する

ありがとうございました。

人に会う

先週の日曜日のこと。
妻の知人で、3.11の原発避難で関東から関西に越して来られた御家族宅に、私たち家族でお邪魔しました。

格安で借りていらっしゃる古民家の借家のことで我々にご相談があったようで御招待頂きましたが、本題のご相談はそこそこに、
子供の教育、食事、健康、政治、暮らしのことなど、私たち夫婦と考え方がとても近く、普段なかなかできない深い話もでき、大変有意義な時間を過ごしました。

お住まいになられている借家の敷地が広く(ぱっと見300坪以上)、裏山を子供が駆け回ることができ、竹や雑草で焚き火ができ焼き芋を呼ばれました。

畑もされていて採れたての無農薬野菜をその日の夕食で御家族と一緒に頂きました。採れたての人参の美味しさを知りました。
これは本来特別な贅沢ではなく、昔からあった自立循環型の暮らしであり誰しも享受できるものです。

そんな昔ながらの暮らしを実践されているのを拝見して、自分のセルフイメージの暮らしを実践されている方の側にいると、素直に導かれていきます。

素直に真似したい教科書がそこにあり、実際に自分もそんな暮らし方をする『具体的なイメージ』が出来ますので、
一部分でも見習いたい面がある人に会うことは、自分の向かう方向が明確になり早く近づくことができます。

またそんな人であれば、その人らしい色んな事を教えてくれます。
この度は、大人である私も一緒に学びたい子供の教育方法をご紹介頂き、先行き不安定な時代ですが、子供の未来に希望の持てる有難い情報を頂きましたので、近々始める予定です。
また折に触れて紹介したいと思います。

一部分でも見習いたい人に会える機会があれば、躊躇せずに会いに行くことにします。

今回お会いした方のことは、原発避難と田舎で古民家の借家暮らしという情報だけしか私は知りませんでしたので、実際会ってみないことにはどんな方かは分かりませんでした。

会ってみてハズレ(苦笑)もあるかも知れませんが、それもそれで良いでしょう!

【今日のまとめ】

・人に会うことで具体的なイメージを持つ

創造性か耐性か

おはようございます。
年末からお寿司屋さんの工事をさせていただいております。
細長い間取りで、厨房と客席を分断するように縦長に真ん中にカウンターが付きます。

先にカウンターを作ってしまうと作業スペースが狭くなりますのでカウンターは一番最後にしようと決めておりましたが、年末年始で元請けさんがお休みで打ち合わせができず段々それしかする作業がなくなってきて考え直したところ、天板の上の立ち上がりさえ作らなければカウンターが大きな作業台になり逆に使いやすく広くなることに気づきました。仕事も材料も片付くし。

そんなカウンターの下地を組んでいて、ふと息子のはまってるLEGOを思い出しました。
使う道具や工程は違いますが完成を目指して組み立てることに違いはなく、親子揃って一緒やなぁと(笑)私が育て私の背中を見ているから当然ですが。

そんな息子に実は念願のミレニアムファルコン号のLEGOを買い与えました。

予定外でしたが凧揚げを買いに来た際に息子が見つけてしまったと妻から連絡があり、彼の「作りたい」気持ちをまず尊重したいと思い、買ってあげてと伝えました。

幼少期に欲しいものが何でも手に入る経験をすると後々苦労すると思います。
何をするにも大なり小なり我慢はつきものです。
思い通りにいかないことに耐える力が強いほど困難な山を乗り越えることができ、目的が達成できると思っております。
ですから幼少期には思い通りにいかない、困難にぶつかる経験もたくさんさせ精神面で強い子に出来ればと思っております。

そうは言っても、作りたいという気持ちも尊重してあげたいと思います。
今回は9〜14歳対象の商品でまだ5歳の彼にはハードルが高いですが、そこにも難しさに耐えながら作り上げると言う困難が待っており、できるだけ私は手伝わずに挫折させてでも彼ひとりでつくる経験をさせようと思っております。
実際の仕事においては人に振ることも大事であると言われますが、今は困難に耐えながら目的を遂行する経験が彼にとって良いと思います。

もちろん困難ばかりでなく「好きなことにのめり込む」という経験を、こんな機会があるときにさせておきたいというのが1番の理由です。この「好きなことにのめり込む経験」が、人生の岐路に立った時、大きな仕事に対峙した時など、後々役に立つのではないかと考えております。

下の女の子はどちらかというと放ったらかしなので図太く育っております。
お兄ちゃんはメンタルが弱いです。
やっぱり「創造性」より「困難への耐性」の方が彼には必要なのかも知れません。長男の宿命でしょうか。私も長男です(笑)

今日のまとめ

・創造性を鍛える貴重な機会であり、思い通りにいかないことへの耐性をつける貴重な機会でもある。どちらが正解かはわからない。

・これからは多くの仕事がロボットに奪われてしまうので、(ロボットにはできない)創造性を鍛える機会を奪わない方が良いと思う。

ありがとうございました。

機会損失をしてはならない

おはようございます。
昨日の2日は妻の親戚の集まる新年会に尼崎まで行ってきました。

毎年この日は折角なので早めに出発して西宮ガーデンズや、ららぽーと甲子園、伊丹イオンモールといった いずれかの大型モールに出向きます。

普段こうしたショッピングモールにはメッキリ行かなくなりましたが、折角ですし正月で財布の紐も緩んだこともあり子供達の欲しいオモチャを奮発して買ってあげる約束をしておりました。

以前から息子が欲しいと言っていたスターウォーズのミレニアムファルコン号のLEGOを探しましたが、西宮ガーデンズにも、伊丹イオンモールのトイザらスにもありませんでした。
ガーデンズではLEGOはあっても売り場面積の関係かスターウォーズシリーズを置いておらず、トイザらスにはがっつりスターウォーズシリーズが置いてありましたが、大きな値段の張る商品ほど売り切れており、当然目当てのミレニアムファルコン号もなく、私を含め次々と来る客がスカスカになった陳列棚に残された商品を仕方なしに物色しているようでした。

Amazonで買えばトイザらスより値段が安いですし、あちこち探し回らなくても確実に買えますので勝負が早いですが、私の世代は子供時分からリアル店舗で買う、買ってもらう喜びを経験してきましたので、今回は折角ですからリアル店舗で子供に買ってあげたいと思い、ネット通販より少々値段が高くても、店の移動に時間が掛かってでもリアル店舗での購入を考えました。

機会損失

以前読んだセブンイレブン創始者の本に書いておりましたが、顧客の求める商品が店頭にないことを機会損失と言いますが、この機会損失を経験するとその店に対する顧客の期待度が段々下がってしまいます。
セブンイレブンでは、狭い陳列スペースにも関わらず、顧客の求めている商品を的確に把握し、時には日ごとに陳列商品をガラッと変えるそうです。
在庫切れが発生するほど商品が売れるというのは、喜ばしいことではなく、顧客の購買意欲を裏切る企業のイメージ低下になってしまいます。
Amazonをはじめとするネット通販が強いのではなく、売り場面積、陳列棚スペースの限界を言い訳にするリアル店舗の怠慢であると僕も思っています。

私の地元にあった市場では(今でもありますが、無いに等しい)、私が小学生の頃は毎日が祭りくらいの客でごった返していましたが、近くにコープ神戸が出来てから客足が途絶えました(今ではそのコープ神戸も閑古鳥が鳴いています)。
私の父の話では、市場は個人商店の集まりであり、うどんを扱う店がなかったりで、別のところに買いに行かなければならなかったそうです。しかしコープに行けば一度に全て揃うわけですから、自然と顧客はコープの方に流れていきます。
事業が衰退する理由として、欲しい商品が売り切れている、そもそも置いていないという「機会損失」が大きいのではないかと思います。

話を戻すと、正月は財布の紐が緩みますので、いつもとは違う商品が売れると思います。それは去年、一昨年この時期に売り切れてしまった商品を把握しておくだけで解決できていた問題だと思います。
多めに在庫を確保し、補充要員を確保して置けば多くの顧客が購入体験をでき、売り上げに繋がったと思うのです。

また、在庫切れが発生しても、商品カードのようなものを購入することで後日速達で宅配する、わずらわしい住所記入は事前に会員カードに登録しておく、この場合Amazonと同じ値段にまで下げる(またはポイントに還元する)などといった努力をすれば、大した目先の売り上げにならなくても一度離れた顧客もリアル店舗での購入体験を求めて戻って来るのではないかと思いました。

偉そうなことをツラツラと書きましたが、顧客の立場から考えるということが自分のビジネスを考える上で非常に重要で、先ほどのセブンの鈴木氏の本にも書かれていました。

自分のビジネスに当てはめた場合の考察が肝心ですが、話が長くなるのでまたの機会にします、という都合のいい理由で締めくくりたいと思います。

今日のまとめ

・機会損失が事業衰退の大きな理由。

・機会損失は在庫過剰より怖い。

・顧客体験から、ワガママな顧客のニーズを学ぶ。

・学ぶだけでは知識は自分の中で腐る、忘れる。

・リアル店舗は工夫次第で強みをそのままに弱みをなくすことができる。

・売り場面積の限界が事業衰退の理由ではない。

ありがとうございました。

追伸、仕方なく息子は違うLEGO選びとりあえず満足しております(笑)

大きなゴールを持つ

新年明けましておめでとうございます。

昨日の大晦日から「一年の計」を考えています。
本当は年末のうちに考えておきたかったのですが、30日まで目一杯仕事で、またジェイ・エイブラハム「ハイパワーマーケティング」というマーケティングのバイブル本の音源が手に入り仕事中も聞き流していたので、計を立てるのを後回しにしておりました。

年始に一年の計、抱負といった目標を立てられる方も多いと思います。
私は初めて職人起業塾に参加した2年前までは一年の計というものをほとんど考えたことがありませんでした。

一年の計とは、どんな一年にしたいかという願望を具体的に言語化したものです。

それを考える上で、人生で何を成し遂げたいか、最期にどうなっていたいかというゴール(=終身の計)を決め、それを時間軸で小割りにしたものが一年の計に相応しいと思っています。

ゴールを決めず、毎年思いつきで一年の計を立てたとしても(立てないよりは良いですが)、行き当たりばったりな人生になってしまうと思うのです。

ゴールを決めると、そこにたどり着くまでの様々な「問題を見つける&解決する」(という正直面倒くさいこと)をしていかなければならなくなります。
どんな問題があり、どう解決するか、アンテナを張って人や本から学びながら障害を乗り越えて行きますが、その障害が大きいほど(困っているほど)解決したい欲求が強くなるので、アンテナが敏感になり、本を読んでも深く響く、気付きやすくなるに違いありません。

欲求(=障害)が大きくなければ、同じ本を読んでもそれほど響きにくく、気付きも少なくなると思っています。

まず大きなゴール(欲求、志、夢、解決したい問題)を持つことが大きな成長を約束すると理解しています。
例えば私はステージⅣのガンを経験し、それを乗り越える過程で大きなパラダイムシフト(価値観が変わる)が起こりました。
また以前職人起業塾でも、「人生で最もキツかった3つの出来事」を参加者全員で共有しましたが、キツい経験ほど人を大きく成長させることがよく分かりました。

ですから、この記事を読んでくださった方にも(キツいぐらいの)大きなゴールを持って一年の計を立てて欲しいと思います。

私はこの正月休みに改めて考え直し、次回の職人起業塾までに整えておきます。

 

【今日のまとめ】

・自分にとってゴールが大きいほど解決すべき問題も大きくなり、乗り越えるたびに大きな成長が見込める。

・大きなゴールに向かった方が、有限な人生を精一杯全うしたという自負を持って死ねる。

・同じインプット(学び)をするにしても、問題が大きい(→解決したい欲求が大きい)方が気付きも大きい。

・「やるかやらへんか」が人生の選択

・文章の最後に「思います」を連発してしまうので、無理矢理変えました。

ありがとうございました。
良いお正月をお過ごしくださいませ!

今年最後に伝えたいこと

皆様、今年一年お世話になりました。

昨日仕事納めでした。
昨夜帰ってきてから道具部屋に道具を少々下ろし、無事仕事を終えたことを感謝しました。
この8帖ほどのスペースがあるお陰で道具や余った材料、ゴミの一時保管といったことができ、仕事をうまく回せています。このスペースだけでなく、道具や材料があって始めて仕事ができていると改めて感じました。
道具も材料もなければ大したことは何もできませんが、逆に言えば、道具さえあれば自分の仕事=役割を果たしやすくなりますし、

新たな道具(や知恵)があれば、新たな役割りを果たし易くなるはず

という当たり前の概念に気付きました。
それ以前に「どうしたいか」という自分や顧客の欲求が必要ですが。

人間の最大の発明は、「道具」だったか「役割り」だったかと思いますが(ちょっとあやふや)、自分に掛け合わせると面白くなりそうな道具や知恵といった新しい武器を常に考察し続けることがブレイクスルー(行き詰まりの打開)の方法だと思いました。

 

昨夜の妻のブログに3年前の私と息子の写真が載っておりました。

ちょうど私が肝臓転移後の手術の後、5年生存率12%と余命宣告されて抗がん剤をしたものの、ゲルソン療法を知り抗がん剤をやめた時期です。

末期のガン体質に追い討ちをかけるように抗がん剤によって免疫が下がりまくり髪の毛も抜け始め、風邪も引きやすいので注意が必要な、もっとも身体が弱っていた状態でしたが、ゲルソン療法の本と出会い大きな希望が見えた頃でした。

その後年明け5日頃からゲルソン療法の実践の御指導を頂くために千葉県の氏家京子氏御夫婦の元へ夫婦で行き、その後定期的なご指導を頂きながら家族をはじめとした皆様の御協力と食事療法を実践し続ける環境があったお陰で今があります。
もちろん手術をして頂いた執刀医にも感謝ですが、内科医と共に私に抗がん剤を強く勧めてきたのでプラマイゼロです。

皆さん抗がん剤はやめましょう。
がん細胞を一時的に小さくできても死滅させることは出来ず(内科医にもはっきり確認とりました)、免疫力を下げまくったあと爆発的にがん細胞を増殖させると共に、免疫力を下げまくったせいで別の病気で亡くなります。
素晴らしい医療技術がある一方、薬をはじめとする現代医療を盲目的に信じてもいけません。

話が大きくそれましたが、
当時の写真を探してみるとfacebookで見つけたであろう感慨深い画像が2枚ありました。

人目を気にせず、自分の心に従って生きろということだと捉えました。
アドラーの「嫌われる勇気」と同じですね。

1日1%成長または衰退した一年後の結果がわかる法則。
よっぽど大きなパラダイムシフトでもない限り、実際には1日1%も成長しないと思いますが(子供の頃はあり得る)、仮に1.001だとしたら365乗すると約1.44になります。
積み重ねの大きさがわかりますね。

多少話が逸れたかもしれませんが、伝えたかったことは、年末年始という節目に気持ちを新たに、また引き締めてまいりたいということです。
今日は、明日の初詣の前に、お宮さんへ家族で一年の感謝を伝えに行ってきます。
そして初詣は新年の初心を誓うことだけに絞りたいと思います。

 

今日のまとめ

・人類最大の発明は、「道具」「役割り」だったかと思っていましたが調べてみると、文字、貨幣、法とか色々意見があるみたい。

・道具によって大きく役割を果たせるので、新たな道具を持つことがブレイクスルーの鍵。

・一年何事もなく無事に過ごせたことは感謝。しかし、何か問題が起こりそれを乗り越えると大きな成長、改善がありますので、自ら問題を見つけることが大切。

・抗がん剤はするな。薬には気をつけろ。

・病気になったらゲルソン療法を。(回し者ではありません)

・人生後悔したくなければ、人目を気にせず、心をさらけ出す。

・1.01の法則、積み重ねの力、恐るべし。

 

ありがとうございました。

それでは皆様良いお年を!

今年の振り返り

昨日は今年一年を振り返りました。
最も早く過ぎ去ってしまった一年でしたが、そんな中唯一「ようやった」と思えるのが、祭り屋台模型のワークショップと準備です。
ゼロから図面を起こし、図面をデータ化するソフトやレーザーカッターの操作を覚え、何度も何度も改善しながら形にしていきました。その成長ぶりも褒めたいですが、自分の想い、志しを基にした行動であったことが最も自分を褒めたい理由です。

過去のブログを振り返っていると、図面を起こしたときの写真が。

それが形に。ちなみに、レーザーカッターで部品を作り、誰でも比較的手軽に模型で遊べることを目指しています。
ただ、日々の仕事と直結しないことが少し残念でもあります。

日々の仕事に関しては、「愛のある社会のために生き、働く。(そのためには日々の自己欺瞞に打ち勝つ)」という想いを理解することができました。「収入のための仕事」に、「自分の人生で目指したい想い」を乗せることができました。

勉強会や読書などで多くのことを学ばせて頂きました。その成果は目に見えにくいですが、今だけでなく将来の糧になるはずです。

そう考えると、模型のワークショップだけでなく他のことも「ようやった」と手前味噌ですが自分を褒めることができる一年です。

しかしまだまだ、来年はもっともっと濃くしていきたい。なんせ一年の経過が歳とともに早まってますし、人生は有限ですし。

SNSをやめようと考えている今日この頃。

続・顧客を愛しているか

おはようございます。

今まで日々の出来事を取りこぼしなく自省し書き溜めることを良しとしてきましたが、話がコロコロ変わり閲覧者にとって読みづらい記事になっていたことに気付きましたので、ちょっと変えていこうと思います。変わるかな?

昨日の午前中は息子と娘の保育園のクリスマス礼拝。

年長さんの劇や年中・年少の歌を観てきました。

大きな声で一生懸命に歌う子、少し照れて程々に歌う子、気分が乗ったり乗らなかったりのマイペースな子、と個性がありましたが、間違ってもいいので元気に一生懸命が見ていても一番気持ちいいです。

行き帰りは子供時分によく通った曽根町の街中を通りました。幼少期に感じていた空気感があります。地元に住む特権というか。

一方、現場ではいくつか不具合がありました。1つは新調建具の取手。

カミさんが真鍮製とデザインを気に入り採用させて頂きましたが、2度ほど不具合があり、隣の建具の取手と比べて明らかに使い心地が悪いので、取手そのものを交換することにしました。それに伴い、目立たない部分ですが隙間が発生するので埋め木をすることになりましたが、お客さんは不満を漏らさず「ええ肥やしになるなぁ」とフォローした下さいます。

もう1つの不具合は、地元「竜山石」を粉砕した塗り壁材。

下地の石膏ボードの面取り跡や、割れ止めのファイバーテープの跡がわかります。(上塗り前にパテ埋めを2回しております。)

乾燥に伴ない目立ちにくくなってきてはいるものの、若干この跡が残りそうな気配もあります。

また色ムラが結構あり、その事前説明ができていませんでしたが、「これも味があっていいんじゃない」とお客さんはフォローして下さりました。

良いように言えば、色むらがあったり、模様がランダムの方が飽きが来ませんので、(そこは好みですが)個人的には問題ないと思います。

今日は家具を戻しますので、その後完全に乾くまで様子を見て、ジョイント跡が目立つようであれば、年が明けてから上塗りする方向になりました。もちろん見本を作って実験して検証してから。

そんな風に、お客さんにはご迷惑を掛けながらも暖かくフォローしていただいています。

そんな不具合の度に頭によぎるのは、自分目線ではなく顧客の立場に立った判断ができているか?ということ。つい言い訳じみたことを発してしまったり、「ちゃんと対応してます感」を伝えようとしてしまいがちですが、ジェイ・エイブラハムの言う「顧客(クライアント)を愛しているか」ということの【本心】が、簡単に顧客に伝わる場面でもあると思います。

正直言うと私はまだまだでして、お客さんに喜んで頂く裏には、「紹介してもらいたい」「宣伝してもらいたい」「竜山石」が自社の特徴になるかもといった自分目線があり、それは決して悪いわけではありませんが、「愛すべきは自社の商品ではなくクライアントである」という根本を強みにすべきで、「紹介」「宣伝」は結果であり、それらによって生活が楽になることを目的化してしまいがちですが、生活を楽にすることを目的に有限な人生を過ごしたいのではありません。

他者の役に立ったり、他者に支えてもらったりという運命共同体感覚のような幸せを目的にしたいと感じています。綺麗事でもいいじゃないですか(笑)

国産桜のフローリングにDIYで蜜ろうを塗られました。

下の写真は塗られる前。それと比べると艶が出て飴色になりました。

ご友人の出入りが多く、踏み台を作りました。国産桧材に柿渋塗料(自然塗料)を塗り撥水性を高めました。追加で手摺を取り付けます。

黒檀で家守を彫ります。

今日のまとめ

・顧客ではなくクライアント

・共同体感覚。アドラーの「幸せになる勇気」読みたい

・元気に一生懸命歌う

・愛すべきは自社の商品でなくクライアント

・綺麗事の何が悪い。綺麗事がなんで通らへんねん。