子どもとの接し方

我が家には3歳の男の子と2歳の女の子がいます。
この子たちを風呂に入れるとき、
着替えさせるとき、
食事をするとき、
おもちゃを片付けさせるとき、
何をさせるときでも、言うことを聞けば褒め、聞かなければその行動に疑問を投げかけたり批難したりしますが、
たまに人格まで否定してしまっていることに気づきました。
例えば、
言うことを聞く子と聞かない子をあからさまに比べたり、
言うことを聞く子に好きと言ったり、
聞かない子を嫌いと言ってしまったり、
これは自分の言うことを子どもに聞かせるためですが、
こういうことをしていると、
言うこと聞く子が愛され、聞かない子は愛されない、
と子どもは捉えるようになると思いました。
子どもにとって人格を否定されるのは大きなストレスです。
行動を否定しても人格を否定しないサジ加減というか境界線を意識して、最近は子どもと接しています。
このことがキッカケで、親子関係だけでなく、その他全ての人間関係でも結局同じで、人との接し方に改善の余地があると気づきました。
小さいですが少しずつ着実に習慣化したいです。
「相手の行動を否定しても、人格は否定しない」
これも習慣に付け加えます。
個人的には正直結構難しい習慣です。
子どもたちに鍛えてもらいます。笑
話はそれますが、男の子は大志(たいし)、
女の子は茉心(まこ)という名前で、
どちらも心という漢字を使いました。

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仕事復帰

アメブロ2016年2月1日の投稿
以下コピペ
一昨年秋に肝臓に転移が見つかってから今まで約一年半、放ったらかしにしていた現場があります。
それは自分が住んでる賃貸マンションの別室なんですが、
管理人さんが、僕が仕事復帰するときのために他の業者さんを入れずに置いてくれていました。
そろそろ仕事復帰に向けてぼちぼち体を慣らしていこうと思い、その現場に入らせて頂くことになりました。
それと同時に、子どもが通っている保育園からも仕事を頂きました。
子どもたちが階段から落ちないための柵に不具合があったのですが、キャスターが磨耗して開け閉めしにくく、床はキャスターの跡で磨り減り続けているので、
子どもを送り迎えする度に気になっていました。
保育園と付き合いしている大工か工務店があるだろうから、自分は出しゃばらずにいようかとも思いましたが、
起業塾で掲げた習慣
(自ら役に立つことを提案する)
を思い出し、
無料で応急処置程度のことをすると提案すると、
実は付き合いのある工務店が忙しいのかあまり来てくれないらしく、他にも仕事を依頼されました。
もちろん請求してとのこと。
先日その柵を補修したのですが、
多くの人が手に触れるところであり、1日100~200回は開け閉めしているところなので、中途半端なことはできないという責任とやり甲斐を感じました。
一年半ぶりの仕事なので、
仕事って面白いな、
自分の道具箱ってこんな重たかったんや、
そういえば以前仕事してたときってずっと疲れてたな、
ずっとイライラしてたなとか、
久し振りにいろんなことを思い出しました。
そんな一年半ぶりに仕事に行ける幸せを感じています。
まだまだ慣らし中で、当分は体調をみながらぼちぼちやっていきます。
工期のない近場の仕事大歓迎です。笑

1週間経って

アメブロ2016年1月30日の投稿
以下コピペ


前回、職人起業塾の課題で立てた計を習慣化するためにブログを初投稿しました。


自分の立てた計は以下です。

一年の計 : 新しい繋がりを大切にして信頼関係を築く(古い繋がりも)

十年の計 : 愛を軸にして生きる

終身の計 : 愛が循環する人生を送る

十年の計を実現するための習慣 : 損得勘定だけで判断せず、自ら進んで力になれることを提案する

なぜこの計になったのか、
7つの習慣の原則に従ったのですが、原則といってもいろいろあります。

原則とは、時代や環境が変わっても変わらない根本的なもので、例えば正義、誠実、奉仕、勇気など他にもたくさんあります。
いろいろな原則のなかから「愛」を選んだ理由は、正直自分でも説明できません。
今の僕のパラダイム(色メガネ)がそれなんだと思います。

ひとつ思い当たるのは、作家の犬飼ターボさんが
「愛とは価値観より偉大で、人々が自分の価値観よりも愛を重視すれば戦争はなくなる」
とおっしゃっていたことに感銘を受けたことが大きいと思います。

この計ができたときは、いい計ができたと思ったし今でも同じ気持ちです。

しかし外に発信するとなると、なぜか恥ずかしくなります。

異性の誰かを好きって言う時と同じような恥ずかしさです。

これもなんで恥ずかしいんでしょうか?
堂々と胸を張って言えばいいのに。

よくわかりません。

愛っていい言葉だけどそれについて語る人を僕はあまり知りません。

この一週間愛について意識しながら過ごしましたが、子どもと接していて気づいたことがありました。

自分が忙しいときに子どもが横槍を入れてくるとイライラしてしまって優しく接することができなくなっていました。

これは愛とは真逆の怒りとか落胆とかです。
子どもが何に夢中になっているのか気づくこともできませんでした。

忙しいときでも気持ちを切り換えることも必要ですが、その前に日々のスケジュールにゆとりを持とうと思い、1日の行動を見直しました。

ここ半年ぐらいは早起きしていて、

子どもたちが起きてくるまでの時間を今までしなかった読書など自分の時間にあてて、
子どもが起きてからいろいろ支度を始めてたのですが、
余裕をもって子どもと接するために見直した結果、
子どもが起きるまでに支度を終わらせて、起きてから子どもの着替えなどの世話をしながら余裕があるときに自分のことをすることにしました。

自分にゆとりがないと周りにある幸せや愛に気づかないと思います。

いくら忙しくても心にゆとりのある人はそれに気づく余裕があると思いますが、僕はまだまだです。
まずは今までの詰め込み型の予定の立て方をやめ、
気持ちにゆとりがもてるように時間にゆとりのある予定の立て方を意識していこうと思います。

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ブログ始めました

アメブロ2016年1月23日の記事
以下コピペ

昨日、有限会社すみれ建築工房様にて高橋社長主催の職人起業塾に初参加しました。



今回、参加者約30名それぞれが発表した課題は

「一年の計、十年の計、終身の計」と

「十年の計を実現するための習慣は何?」

でした。

皆さん目標意識が高く、普段からの習慣として目標、目的を強く意識していることが伝わってきました。

ほとんどがビジネスの具体的な目標だったのですが、

自分は「愛」というテーマだったのと、普段人前で話す習慣もなく、初参加ということもあって緊張しました。



今考えても「愛」という言葉を人前で言うのは複雑ですが、死について身をもって考えた自分にとっては自分らしいテーマを発表できたと思います。



それぞれの発表の後、「習慣化しなければこの有意義な時間が全て無駄になります」という高橋社長の発言がとても印象的で、

習慣を掲げても実行せず意識しているだけではもちろん意味が無く、

「皆さんの周りに日記をつけている知り合いはいますか?」

という問いにも考えさせられ、

ブログのように、人に見られてるプレッシャーがなければ継続は難しいかもしれないと思いました。



「愛」という壮大なテーマを掲げておきながら実行していないとなると、ただのチャラい奴になってしまい、十年の計、終身の計を達成することもできないので、習慣の継続化を高めるために、不定期でいいのでブログを始めることにしました。

「fbは流れてしまう」とおっしゃっていたし、fbよりブログのほうが習慣化しやすそうだと思うので。



更新は週に一度をとりあえずの目標にします。

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