愛が大切だと思った経緯

アドラー心理学「嫌われる勇気」を読みながら、それとはそれほど関係ないことかも知れませんが、なぜ自分が人生において「愛」が大切だと思ったのかふと思い出し少し整理できたのでまとめてみます。
そもそものきっかけは、肝臓への転移が見つかりその後の生存率の低さに命の危機を感じたのが始まりです。
残される家族への心配もありますが、なにか満たされない気持ちのまま死んでいくのではないかという虚しさのようなものを感じていました(決してマイナスな気持ちばかりでもなかったですが)。
「この程度で人生が終わる」
「ここで人生が終わるかも知れないとわかっていたら、もっと違うことを何も恐れず経験出来てたんじゃないだろうか」
しかし地位や名誉や収入をあの世に持っていけるわけではないので、そういうものではないような気がしました。
「なにか成し遂げた」とかとも少し違います。
少し臭いセリフですが、同じ時代、同じ場所で共に生きていながら、満たされない気持ちで自分ひとり人生を終える、この物足りなさは「自分への愛」ではないかということを感じてたように思います。
自分が可愛いのですが、しかしそれでもそんなに自分が好きでなかった、愛してなかったのかも知れないと思います。
「嫌われる勇気」に出てくる「自己受容」(ありのままの自分を受け入れること)が出来てなかった。
そもそも、誰しも命の尊さは同じであって欲しいです。世の中にたくさん貢献した人だけでなく、不器用で失敗ばかりした人も、同じように幸せに死ぬ権利があって欲しいです。不器用な人は幸せでないなんて悲しいですし。
幸せを感じながら死ぬには、どんな人も愛される必要があるように思います。自分からも周りの人たちからも。
当然それは死ぬときだけでなく日頃からです。日頃から自分や周りに愛されて幸せを感じて欲しい、自分自身そういう人生にしたい。
簡単に言うと、愛に飢えているだけなのかも知れませんが。
臭いセリフで人生わかったようなこと書いてすみません。上手く説明出来てないかも知れませんが今のところこんな考えです。
とりあえず昨日投稿した感謝することを続けていきたいと思います。

「ありがとう」の力

先日、キリスト教のシスターである叔母からメッセージカードと本を頂きました。
昔からその叔母とは滅多に会うことがないのですが、僕が癌になったことをずっと気にかけてくれていたようです。
2冊頂いた本のうち1冊は、余命1カ月の末期癌から回復された方が書かれた本で、この手の内容の本は何冊か読んだのでもういいかなぁという気持ちでしたが、今読書中のアドラー心理学の「嫌われる勇気」が結構頭を使うので休憩がてらというか、気分転換に読んでみました。
余命宣告された方の経験談だけあって、また自分もそれに近い経験をしているので引き込まれるようにスラーっと読んでしまいました。
その本がこれ。「遺伝子スイッチ・オンの奇跡」
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苦しい闘病中に出会った「生命の暗号」という本に感化され、自分の体の細胞に毎日何万回も「ありがとう」と感謝の言葉をかけ続けた結果、今ある幸せに気づいたり、死にたくなるほど痛かった治療が痛く感じなくなったり、手術出来ないほど散らばった癌が無くなったりという奇跡のような話です。人の遺伝子の95%は眠っていてそれを目覚めさせたそうです。
そんな話信じられない人もいるでしょうが、気持ちの持ち方ひとつで免疫機能が活性化し病気が治ることは常識になりつつあるように思います。
なかでも、「人は感謝と愛を学ぶ為に生きていると確信した」という一文が印象的で、自分も含め病気などによって死に直面する経験をした人は同じような感覚を持つのだなぁと思いました。(たまたまかも知れませんが)
「ありがとう」と心のなかで何万回もつぶやくことで感謝の気持ちが湧き出てくるということなので、早速今日仕事しながらやってみました(笑)
何百回程度ですが、それでも効果がありました。身の周りの全てがプラスに思えてきます。
道具ひとつひとつ、材料、今している作業、仕事があること、仕事ができること、体が何不自由なく動くこと、生きていること、そして目の前のゴミにまで(笑)全て。
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食事療法中で野菜しか食べれない、ではなくて、腹が減ったら当たり前に飯が食えること。体に優しく必要な栄養がとれること。
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現場のスペースの一部を占領して時々邪魔になる道具の山も、その道具があるお陰で仕事が出来ているということ。
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大小様々な大きさの鑿(のみ)があること、またそれを作った鍛冶屋さんのお陰で作業ができること。
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無垢の木材を使って仕事が出来ること、それを用意してくれた材木屋さん。
ゴミがあるおかげでそれを掃除することで一息入れることが出来ること。
大袈裟かも知れませんが、いい波動で仕事をすることで周りにも影響し、またお客さんがその部屋で気持ち良く過ごし、その気持ちいい波動が周りの人にまで影響するかも知れないこと。
あることに「ありがとう」と思えばそこにある「ありがたい面」に自然と気づきます。
また「ありがとう」と思った分だけそれに気づきます。
「足りるを知る」と言いますが、普段なかなかそんな気持ちにばかりなれるわけではないですが、「ありがとう」と何度も思い続ければ普段気づかない「足りているもの」にたくさん気づきます。
それを簡単に実感出来る具体的な良い方法だと思いました。
著者は余命宣告からの十年間、ただ目の前の毎日に心から感謝して、一瞬一瞬を大切に過ごしてきたそうです。
この方の考えでは、愛と感謝はセットのようです。感謝を繰り返すことで幸せになり、自分を愛すことができ、自分以外の人やものごとを愛すことができるというように歯車がうまく噛み合い動き出すそうです。
本書の最後のほうは「愛」という言葉が何度も出てきますが半分くらいしかちゃんと意味が理解できませんでした。
毎日「ありがとう」を何度も繰り返し理解を深めていきたいと思いました。
仕事帰り、車線変更を繰り返しながら追い抜いていく車がいましたが、「ありがとう」を心の中でつぶやいていたので、「反面教師になってくれてありがとう」と思いました(笑)
そんなことが自然に思える「ありがとう」の力は凄いです。

第34回職人起業塾

昨夜、神戸市西区のすみれ建築工房さんで毎月無料で開催されている勉強会に参加してきました。image-02e1b.jpeg

(写真は参加者のfbからお借りしました)

毎月事前に出されていた質問に対し、参加者一人ひとりがそれぞれの課題と答えを自ら考えて答え、それに対し高橋塾長からアドバイスやツッコミを頂きながら、また他の参加者の課題と答えも参加者みんなで聞きながら学びを深めるグループコーチングという形の勉強会です。
今月の事前課題は、
以下コピペ
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■今月の課題:“絶対に勝つ”ために鍛錬します?
人生は勝ち負けでは有りません。しかし、負けられないこともあるのが現実であり、残念
ながら弱肉強食のこの世界では、絶対に勝たねばならぬものがある筈です。
勝たねばならぬもの、なんですか?その為にどんな鍛錬をしますか?
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コピペここまで
「負けられないこと、勝たねばならぬものは何か?どんな鍛錬をするか?」
今回も難しい課題でした。
難しい分よく考えた結果、今の自分の課題が見えてきました。
弱肉強食ではありますが、自分は自分、人は人。
できれば人と勝ち負けを競いたくはないので、勝たねばならぬものを「他者」ではなく「自分」にしました。
そう考えると、自分は思うようにギアが上がっていないことに改めて気づきました。
僕の発表は
「勝たねばならぬものは何ですか?
→今のペースでは人生が終わるとき後悔すると思う。自分の目標のために具体的に何をすべきかわかっていない。そして十分と思えるほど行動が出来ていない。そんな自分に勝たねばならない。
どんな鍛錬をしますか?
→スティーブジョブズのように毎日を人生最期の日と仮定して心残りがないか自問する」
と答えました。
それに対して塾長から
「自分で考えることよりも、読書などで情報を取り入れましょう」とアドバイスを頂きました。
具体的に言うと、このブログのテーマでもある「愛を軸に生きる」ことが今の目標なのですが、それに対して本腰が入っていません。
これが出来るかどうかが人生を大きく左右すると思っています。
もっと情報を取り入れようと思います。誰かお勧めの本でもあれば教えてください。(恋愛系ではないです、念のため)
因みに「アミ小さな宇宙人」という小説を最近読みましたが、すべてのモチベーションの根本は愛だとわかった良書でした。
メインテーマについて事前の告知の一部
以下コピペ
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■今月のメインテーマ:『糸』を『綱』に、『綱』を『網』に、
私達がマーケティングで目指すもの。それは未来です。
その為に、今持っている経営資産を最大限に生かし、“今”を土台にして“未来”を作り上げていく。
そして、我々が持つ経営資産の最たるものは売上げ、利益を生む出す『顧客』です。
ドラッカー博士はかつて言いました、「事業の目的は顧客の創造である。」
職人起業塾的に分かりやすく言い直すと、「事業の目的は生涯顧客の創造だ。」となります。
もう少し具体的にすると、「今有る顧客との細い糸を紡ぎ合わせ、切れない綱に。その綱を
張り巡らせて、複合的且つ有機的な顧客のコミュニティーを作り上げることこそ事業の目的。
○顧客との繋がりを切れない様にするには?
○顧客のネットワークを作るには?
○いつ、何を、どのように、しますか?
について皆さんと共に考えたいと思います。
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コピペここまで
繋がりが切れないような関係とは、家族や友人のような関係だと思います。
顧客のネットワークを作るには、仲良くなる、より親密になる、しかないように思いました。
その為にいつ何をどのようにする?
→家族、友人のように顧客と付き合う。
と答えました。
他の参加者の意見の中で、
「大雨が降ればお客さんに電話する」
「お客さんとボーリング大会をする」など、まるで家族や友人のように接している具体例が聞けました。
そういうことが顧客との繋がりを強くするだろうなあと思います。
この具体例だけを見るとある意味テクニックですが、その根本には家族や友人のように接するという考え方があるだろうし、家族や友人のように接する根本には愛がある、というか必要だと思います。
愛も無く、家族や友人のように接しようとしても虚しいだけだし。
今月は愛についての知識を深めるという具体例な目標が出来ました。ありがとうございました。まずは本を探していきます。
以上今月も有意義だった職人起業塾の振り返りでした。

宮大工さんの応援に行ってきました

今から7〜8年前に一週間ほど一緒に仕事させて頂いたのをキッカケに仕事以外でもちょこちょこ声を掛けて下さっていた木匠 和水建築の広島さんの仕事場に応援で2週間ほど行ってきました。
仕事内容は、神社敷地内に納骨する為の新築の建物で、僕は刻みの最終と建前の途中までを手伝わせて頂きました。
僕自身、宮大工の仕事は初体験で、部材の名前や納まり、仕事の進め方までわからないことだらけで、見習いの頃の未熟な気分に戻っての仕事になりました。
前半の1週間は広島さんの倉庫で材木の刻みや加工、仮組みの手伝いでした。
仮組みの目的は、梅雨時期というのもあり木材が反るため、倉庫で歪みを確認して調整しておくことで少しでも現場でスムーズに進めることが出来ればという意図です。

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実際仮組みで調整したにも関わらず現場ではまた歪んでいました。
それを納めていく広島さんはさすがでした。
住宅のように柱や梁の大きさが規格化されている場合は十分乾燥した材木が流通していますが、社寺のような特殊な寸法の無垢材ばかりが必要な新築の場合、新築が決まってから材木を発注して乾燥も兼ねて1年ほど寝かせる余裕があればいいのですが、保管場所の確保の問題や完成までの期間の問題で、発注後即加工になることも多いようです。
僕がさせて頂いたの仕事は、たぶん宮大工の世界では見習いのがするような内容ではないかと思います。板を削ったり、型板に合わせて板を切ったり、それでも結構なミスもしました。汗
機械工具で育ったせいか、手仕事でしか出来ない部分はまだまだ未熟だということを痛感しました。
久しぶりに鉋もよく使いました。お陰で反った板でも小鉋で削る方法を教えて頂き貴重な収穫です。
ちなみに最近鉋を整理しようと並べた時の写真。
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自分で買ったものから、親方などから
のお下がりでこんなにあります。近々板削り用に小さめの鉋の台を更に小さくしようと思います。
いよいよ建前。
現場では毎朝仕事始めの前に階段を登って神社の本殿にお参りに行きました。
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社寺の建前も初めてです。
部材の納まりも仕事の流れもわからないので、自発的に作業というよりは見習いの頃のようにひとつひとつ伺いながらの作業でした。
プレカットの住宅の建前しか経験のない僕からすると、なかなか前に進まないことに最初は少し歯がゆかったですが、段々慣れて、コツコツ丁寧に納めていくことが仕上がりを左右することが後で目に見えてわかりました。
木は痩せてくるのでちょうどの寸法の板だと後々隙間が出来てくるので、溝の幅より分厚い板や部材をひたすら木殺し(金づちで叩いて一時的に圧縮させる)してから差し込むの繰り返しでした。
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ほとんどの部材がそのまま仕上げ材として目に触れるので手を抜けない、また誇らしい仕事です。
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木が収縮して梁が下がってくるので今は隙間を開けているそうです。
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海老高梁(えびこうりょう)
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彫刻も広島さん作
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シャチ栓
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作業場でも現場でも出るゴミといえば桧の木くずがほとんどで、あとは仕上げた材木を保護するラップのナイロンだけ。(分別します)
とてもエコな仕事です。
・社寺の仕事を一部経験できたことと、
・昔ながらの無垢材の手仕事を経験できたこと、
・見習いの気分を再び味わえたことなど、
僕にとっては濃い2週間でした。

誕生日で感じたこと

昨日39歳の誕生日を迎えました。
母親から祝いの言葉を貰いましたがメールで貰ったのは始めて。「元気で誕生日を迎えることができて良かったね」と。
そういえば、約2年前の肝臓に転移が見つかってからの数ヶ月、ゲルソン療法に出会うまでは、39歳の誕生日を元気で迎えることができるかどうかもわからなかった訳で、そんなことを思い出したと同時に、1人で生きているのではないんだということを当たり前ですが感じました。
仕事から帰宅すると、嫁がゲルソン仕様のケーキを作ってくれていて、子ども達がそれを食べるのを楽しみにしてたようで、さっそく誕生日会をしてくれました。
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ケーキの甘みはバナナとサツマイモだけですが十分で、ライ麦粉やオートミールを上手に使ってしっとりさっくりとできていました。
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家族に囲まれ幸せ者です。
今日も残しておいてもらったケーキを先ほど食べましたがやはり美味しかったです。
ゲルソン療法という食材を厳しく制限されたなかで(食材を制限されても実際にはとても美味しく安心な料理ばかりです)、工夫して更に美味しく料理してくれる嫁に感謝です。
のろけ話みたいですみません。
家族を感じた幸せな誕生日でした。

現調のつもりが問題解決に発展

「いつでもいいです」と言われてた仕事の現調に、距離的にも中々行きづらかった神戸市灘区まで、時間的に融通が効くようになったので行ってきました。
余程暇でもない限り高砂市の大工がわざわさ灘区まで行って仕事をするのは効率が悪いと思うので、特別自分がしたいと思う仕事を除いては距離的には施工範囲外かなぁと思うのですが、以前お邪魔したときに「いつでもいいです」の言葉に魅かれて引き受けたので日曜ということもあり家族とドライブがてら行ってきました。
設計士、左官屋、塗装屋でチームを組んで立ち上げた建築会社兼カフェ兼雑貨屋のIDA conpanyさんの階段手すり取付けと本棚の補強という1〜2日程度の仕事の為だけなのですが、今日はそのメンバーが集まって打ち合わせがあったようで、初対面の2人の職人さんとも挨拶しました。
1人は塗装屋さん、そしてもう1人は外壁補修・シーリング(コーキング)・防水工事をされている方で、まさに今僕が調べている外壁補修のプロの方でした。
早速現調そっちのけで質問攻め。塗装屋さんも、タイルの施工もする左官屋さんも加わり、僕が抱えている外壁補修の状況を説明し、皆さんそれぞれの経験・知識を総動員して最善と思われる対策をご教授頂きました。
先日設計士兼現場監督の方に相談に乗って頂いたときは、エポキシ樹脂やコーキングで補修してもまた同じところが割れてしまう可能性があるので、補修ではなくコッキリやり変えた方が後々良いのではないかという提案を頂き自分でもそう思ったのですが、
今回は本職の方々。
経験による説得力が違います。写真を見てもらうなり、これはモルタルで貼ったタイルではなくボンド貼りのタイルだから、下手に剥がそうとすると下地のモルタルまで壊れてしまう可能性があるということ。
震災によるひび割れではなくモルタルの劣化によるものであるということ。
エポキシ樹脂はそう簡単に割れないということ。
塗装した上でシーリングという方法も最近見ること。
シーリングの上からでも塗装は乗ること。何年後かにその部分に不具合が出る可能性はあるかもしれないがシーリングの上に塗装は乗らないと聞いていた僕の意見に多少疑問視されていました。
御三方のいろんな意見の結果、やり方は1つだけではないが、
クラックにシーリングを擦り込み→撥水塗料→そしてさらに溶剤(または水性でも可)のクリアを吹き付ける
が良いのではないかという結果になりました。
外壁補修のプロ、タイル補修もする左官屋さん、塗装屋さんの御三方に個別ではなく同時に相談できたことがとても嬉しかったです。自分にとってまさにドリームチームでした。
昼寝中の子どもを見るため現調に参加できなかった嫁に帰りの車中でその事を伝えると、シーリングに塗装が乗らないというのは、その撥水塗料の説明書きに書いてあったらしく、それを塗装屋さんに質問したところ「どうでしょう?」「シーリングを避けて塗装します」という流れになったことが判明しました。
説明書きにそう書かれていたらそうなるのも当然かと思います。
説明書きを守ることも大切ですが、説明書きは念のために多少オーバーに書かれていることも多いと思うので、本職の方の経験や知識も重視したいと思います。
御三方とも本気で考えてくださり、それぞれの仕事への熱さが伝わりました。本当にありがとうございました。

鳥居解体

昨日の昼からシロアリ被害にあった鳥居の解体をしています。脚元がコンクリで固められているため、久しぶりにハツリ作業です。

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昨日まで4日間ほど床貼りをしてたのもあって腰が痛く、腹筋を鍛えなければヤバイと思いました。
金物屋に行く用事ができ、いつもの金物屋には置いていないものも必要なため、高砂市で1番大きい金物屋に行ったのですが、対応が事務的でなんか冷たい。特に問題があったわけではないのですが何か違和感を感じながら、いつもの金物屋に電話で在庫確認し、取り寄せてもらうことになりましたが、いつも通り愛想良く、店の人の愛想によってこんなに気分が変わるのかと思いました。
嫁にそのことを話すと、職人こそ、そうゆうところを気をつけたほうがいいと言われ同感でした。
お客さんとの打ち合わせでも気をつけようと思います。
本来は脚元のコンクリの土台ごと新しく交換したほうが確実ですが、施工費がかさばるので、コンクリの周りを囲う板金(写真の黒い部分)を残して中のコンクリだけハツルという、今思えば結構無謀な計画をしていました。実はそれは板金ではなく塩ビパイプで、ハツリ作業中パカッと割れてしまいました。
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一瞬ドツボにハマったと焦りましたが、塩ビパイプを新しく交換できる目処が立ち、逆にハツリやすくなりました。
初めての事とは言えこんな無謀な計画を立ててしまうのは自信過剰なのかもしれません。
既存の鳥居は比較的シロアリに強いとされるヒノキ材でしたが、何十年もかけてか?ジワジワ食べられていました。
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シロアリさんこんにちは!
柱の根元が地中の土と縁が切れてないのが原因でした。一度モルタルを打って地中と縁を切ろうと思います。

外壁クラックから気付いた建築屋としての在り方

先日このブログで紹介したサッシ廻りの雨漏りの件で、室内からの対策の後、室外からの対策として外壁タイルのクラック(ひび割れ)からの雨水侵入を防ぐ為に雨漏りのあった辺りのクラックにだけコーキングをしました。
この家全体的に細かいクラックが入っており、横殴りの雨が降るたびにこのクラックから雨水が侵入しタイルの下地材であるラス網が錆びて膨張し、ひび割れが大きくなるかもしれないなど、クラックを放置することによる不具合が色々あると思うので、特に横殴りの雨がかかる道路側のタイル壁全面を(コーキングは目立つので)塗装によって見た目を損なわずに防水性を高めようと思い塗装屋さんに相談したのですが、お勧め頂いた塗料はコーキングの上からは塗装できないタイプで、今回施したコーキングを避けて塗装し、今回の雨漏りとは関係のない部分の大きめのクラックに関してはエポキシ樹脂で埋めてから塗装するとのこと。
雨漏りしていた部分(コーキングした部分)の防水性能の向上も期待していただけに、この塗装の価値が半減するように思います。
その部分の防水性能を向上させる方法を尋ねたところ今まで特に経験もなく案もない少し歯切れの悪い返答でした。
ない場合は仕方ないです。ないものをどうにかしてとも言えず。
しかしそれでもどうにかしたい。
お客様に「これ以上方法がない」と言えば、仕方ないとはいえお客様の気持ちは我々から離れていくような気がします。
塗装の知識に関して本職の塗装屋さんに僕は敵わないですが、インターネット上では僕が大工を始めた15年前と違いたくさんの情報が溢れています。
お客様は工事に大金を支払うわけで、また自分の家の問題である以上インターネットでたくさん調べられていると思います。
僕個人としても出来る限り調べた上でお客様に説明しないと、塗装屋さんとの話をそのまま説明するだけでは全然調べていないことがすぐにわかってしまい、お客様の想いに応えていないと判断されてしまいます。「本物」かどうか簡単に判断されてしまいます。
尊敬する高橋塾長がよく言われている「本物の時代」の到来や「在り方」を正すという意味がよくわかります。
今まで「こんなもんや」と済ませてきたことが多々あります。「普通これぐらいしといたらええやろ〜」と自分の立場で判断する人がほとんどだと思います。
本当にお客様の立場に立って考えるという「在り方」を正すということは、一般的な「普通」では足りないということに気付きました。
お客様だけでなく、僕に仕事を依頼してくれる元請けさん、大工仲間、一緒に仕事をする職人さんに対しても同じことで、相手の立場をどこまで考えているか簡単にバレるように思います。
気付いたら、(これも塾長がよく言われる言葉ですが)「やるかやらんか」です。

朝ごぱん市 少し路線変更

今週土曜日の朝ごぱん市の出品材料を製作しています。
今まで嫁の作った惣菜を出品していたのですが、これからの季節柄、生ものの提供は控えた方がいいということになり、木工などのワークショップ的なことをしてみようとなりましたが、食品や雑貨を販売されているところで木くずを出すわけにもいかず、色を塗ったり紐で結んだりと簡単なものにすることにしました。
毎回その季節に合わせたテーマを決めて、今回は花を植えて楽しめるものを提供することになり、嫁に簡単な絵を描いてもらい、今は小さめの木製のプランターを作っています。
いつか何かで使えるだろうと捨てずに取っておいた床・壁・天井の端材を使っています。どれをどこに使ってどんな納まりでと考えて試作しては少し改良し、とまでは頭を使い、やりがいもあるのですが、2個3個と同じものを作っていくとワンパターンで内職みたいになってきて、今休憩がてらこのブログを打っています。
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この半月程、明石ロハスミーツ、神戸アースデイ、姫路アーティストフェスティバルと、出品の参考になればとイベントに行ってきましたが、作家さんから趣味でされてる素人っぽい方まで居られましたが、客の反応は自分も含め、「買う」というより「見る」という感じでした。
作品を売って生計を立てるのは難しいと思います。
自分達が朝ごぱん市で提供している惣菜も材料費程度の値段です。手間賃も儲けもないのですが、今回の木工品も材料費はほぼタダですが手間賃にもならないと思います。
では何のためにしているのか?
1つは今までと違ったことをしてみたいということ。
1つは建築とは違ったアプローチですが自分達のことを知ってもらい仕事に繋げていきたいということ。
と模索している状態です。
今は少なくても売ることが目的じゃないように思います。
嫁とアイデアを出し合い、ほぼ嫁の案が採用されているのですが、自分にないアイデアを出されて作る(作らされる?)のも今のところ嫌いじゃないです。
少しでも安くして売ることよりも、手間がかかってでも値段が高くなっても、「こんなことしてます」的なアピールになればいいかなと思っています。
そのうちニーズを掴めるように実力をつけたいです。(^ ^)

DIY 壁下地を探す方法

自宅の壁に棚をつけたい、写真の額を飾りたいと思ってもどうやって取り付けたら良いかわからず躊躇してしまう経験があると思います。
得意な人に依頼するという方法もありますが、ご自身で取り付けたいかたの為に方法をご紹介します。
壁の種類によってそれぞれ対策が異なります。
一般的な壁の種類として、プリント合板(一昔前、応接間等で多用された木目調のプリント板)、石膏ボード、コンクリート壁、土壁などがあります。
プリント合板はそれ自体が薄いベニヤ板なのでビスは多少効きますが、重たいものや頻繁に手に触れる物を取り付ける場合は、プリント合板の奥にある胴縁(どうぶち)という木下地にビスどめする必要があります。胴縁とは4㎝幅で横方向に存在しています。
プリント合板には、仮釘という細い針のような釘で仮どめされた跡が残っています。その小さい針穴が横方向の同じラインに見つかると思います。その横方向のラインに胴縁があるという証です。
またそれから上下約25〜35㎝間隔に胴縁は存在しています。これも針穴の跡で確認できます。
石膏ボードは現在最も多い壁下地です。石膏ボードにはビスは効きません。効いたと思っても何度も手に触れたりした振動でビス穴が緩くなり抜けてしまいます。ボードの奥にある木下地は建物によって縦方向の場合もあれば横方向の場合もあります。
木造の戸建てであれば、柱(10㎝幅で91㎝間隔で存在)と間柱(3㎝幅で柱と柱のど真ん中に存在)の縦方向が多いのですが、プリント合板の項で説明した胴縁の横方向の場合もあります。
マンションの場合は3㎝幅の木下地が縦方向のみの場合と、縦横両方のマス目状に存在する場合があります。一般的には約30㎝間隔ですが約45㎝間隔の場合もあります。
木下地の探し方として、センサーが反応して探すタイプと細い針を壁に突き刺して探すタイプとあります。私は後者の「下地探しどこ太」というはりで探すタイプを使っています。
針を突き刺した跡は小さいためほとんど目立ちませんし、正確な位置がわかります。
コンクリート壁の場合、コンクリートキリとコンクリートプラグ、電動ドライバー、できれば振動ドリルというものが必要なので難易度はグッと上がります。
マンションの場合、管理組合の合意が必要になります。
土壁の場合は下手に触ると壁がボロボロになるので大工に依頼してビスどめできるように、補強してもらう必要があります。
石膏ボード壁の木下地の探し方はYouTubeで「下地探し」と検索すると理解が深まると思います。
棚などの取り付けでお悩みのかたはご相談にのります。
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