凡ミスしました

鳥居の加工に入りました。
柱にヒノキの磨き丸太(床柱などに使われる丸太)を6本注文したのですが、届いた柱が太くてビックリ!
注文を間違えてました。
丸太の場合、末口と元口(上と下)で太さが違い、元口4寸(120㎜)で注文したつもりが末口4寸で注文していて元口が5寸(150㎜)以上ありました。
奈良から取り寄せた材らしく返品もできません。
加工屋の旋盤で細く削ってもらうことを材木屋さんに提案され、値段を確認してもらうと、角材から丸太に加工するのとは勝手が違い、丸太を細く加工するのは負荷が大きく人が付きっ切りで見ていなければならないらしく、とんでもない値段だったので結局自分で削ることにしました。
結果的に3日ほどかかり単調な作業でしたが、白太が多く削れたことで赤身の割合の多くなり耐久性が高くなりました。
外で雨に濡れる材料は桧よりも杉の方が長持ちするそうなのですが、シロアリの被害にあっても最小限に抑えるには桧の方が良いだろうと思い、あまり流通していない桧の磨き丸太を選びました。
桧でもシロアリに食べられる時は食べられますが、スカスカになるまで食べられた桧は今まで見たことはありません。

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第30回職人起業塾振り返り

遅くなりましたが先月参加した職人起業塾の振り返りをまとめたいと思います。
前回の課題であった
「一生あなたに任せます」と思える人
について塾生それぞれが答えた人物の共通点を探すと、
「顧客に寄り添ってくれる人」ではないかと思いました。
ずば抜けた技術や才能がなくても
顧客の要望を深く理解しようとする姿勢があれば良いのではないかと思いました。
普段からそこに力を入れると、
今まで気づかなかった 又は見て見ぬ振りをしてきた顧客の要望が見えてくると同時に、新たな隙間産業を発見できるような可能性も感じました。
メインテーマ
・事業の目的の為に取り組んでいる習慣
・それをブラッシュアップした次の習慣は何ですか?
について、
取り組んでいる習慣は、
人の役に立つことを率先してすること。
具体的には、
以前ブログで紹介した保育園でのキャスターの無料交換を提案したこと(結果別の仕事も頂きました)と
近所の鳥居改修の見積りを頼まれてないのに差し上げたこと。
最初は塩ビの業者を紹介、後日木造の見積りを差し上げました。(結果木造でさせて頂くことになりました)と
古民家再生ワークショップに2回参加し、明後日の日曜日も参加する予定です(これは奉仕の意味もありますが、逆にこちらが勉強にもなっています)。
これらの習慣の結果、仕事に繋がったり、いい勉強になっています。
ブラッシュアップした次の習慣は、
まだ行動には移していませんが、
将来的に必要になるであろう工事の見積りを差し上げる
ということを考えました。
(他の工務店では既にされていることかも知れません。)
以前の僕なら、
依頼されていない見積りや、
依頼されていない将来の工事の見積りを差し上げることは仕事欲しさからの下心丸出しの行動と考え、行動しなかったかも知れません。というかしてこなかった。
しかし、「人の役に立つことを率先してする」という考えによって気持ちよく行動に移せていると思います。
写真はシロアリ被害の鳥居

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塩ビ製の鳥居

昨日すみれ建築工房様本社での職人起業塾に参加しました。
今回の本題は、
・事業の目的の為に取り組んでいる習慣
・それをブラッシュアップした次の習慣
は何ですか?
でした。
取り組んでいる習慣は
「自分が役に立てることを率先してする」
ということなんですが
具体的に行動した内容として以下のことを発表しました。
自分の住んでいる賃貸マンションの土地の一角にあるお稲荷さんの鳥居がシロアリ被害のためボロボロになっていることについて管理人さんが困っているということを耳にしたので、
依頼されていませんが建て替えのための見積りを作成しお渡しすることにしました。
どのように鳥居をシロアリ被害から守れば良いか調べていくうちに、
シロアリ被害のため10年未満のスパンで建て替えているところもあることなどを知り、どこの鳥居も常にシロアリ被害がネックになっていることがわかりました。
またシロアリ被害とは無縁の塩ビ製の鳥居が普及していることを知りました。
今回見積りさせて頂く鳥居は、元々工場にあった頃のもので今はほとんど誰も利用されていない小さなお稲荷さんなので、できれば維持管理に費用をかけたくは無いであろうと思い、この塩ビ製の会社のホームページを紹介しました。
という内容です。
自分では相手の立場に立った選択をできたと思っていたのですが、発表した帰りの車中でそのことについて嫁と議論になり、塩ビ製を紹介したこととそれを嫁に報告していなかったことを指摘され、その後その選択が自分の独りよがりだったのかもしれないと思い、木造での見積りも作りお渡しすることにしました。
木造がいいのか、塩ビ製がいいのか今でもわかりませんが、「三方よし」で考えてみました。
三方とは、僕、管理人さん、お稲荷さん又は第三者になるかと思います。
僕自身はできるだけシロアリが来ない工夫をして木造で鳥居の作成をさせて頂きたいですが、相手(管理人さん、お稲荷さん)のためになることが目的で、その目的が相手に伝われば信頼を得ることができ、木造でも塩ビ製でも三方よしです。
第三者から見た場合、「塩ビ製なんかにしやがって」とマイナスにとられる可能性と、逆に「シロアリが来なくていい」とプラスにとられる可能性と両方ありますが、そもそも利用者がいないので、このブログを読んでくれた人が第三者になると思います。
今後の空き家問題からしても数十年後の鳥居の建て替え費用の捻出は厳しくなるように思うので、維持管理しやすい塩ビ製のほうがお稲荷さんにとってもいいと個人的には思います。
最終的に決めるのは管理人さんですが、最初から木造での見積りも作成してお渡しすれば良かったという勉強になりました。

書籍「職人起業塾」を読んで思ったこと

自分には大工の知り合いが何人もいます。
みんな真面目に働いています。
しかし完全元請け化に成功した大工は自分を含め周りにはいません。
自分のようになかなか元請けになれない大工と、5年連続売上げ5億にまでなる大工出身の高橋社長と何が違うのかを考えながら読ませて頂きました。
読み終わって思ったことは、
高橋社長は目の前の仕事に対してだけでなく、もっと広い視野で仕事に対して向き合われてきたことがわかりました。
具体的に言うと、
自分は日々の現場の収まりや段取り、工程、予算などの第一領域(緊急で重要なこと)に対して意識が向いていますが、
高橋社長は
「なんのために働いているのか」
「どうすれば信頼を得ることができるのか」
「自分の強みはなんなのか」
ということを日頃から強く意識して積み重ねられてきたことがわかり、
自分のような元請けになれない大工との違いではないかと感じました。
要するに自分は一生懸命真面目に働いてきましたが(つもりですが)、
第二領域(緊急でないが重要なこと)にあまり時間を割いてこなかった結果、元請けになれないという違いになったのではないかと思います。
それだけが原因ではないと思いますが、第二領域に取り組むことがその他の原因を改善していくと思います。
「ただ真面目に働いてればいい」なんて考えでは甘いと思いました。
「7つの習慣」や本書にも第二領域の重要性が書かれています。
1ヶ月程前からこの第二領域に時間を割くようになりましたが、
本書を読んで第二領域の重要性をよりリアルに感じることができました。
ただ、自分は今でこそ、この重要な第二領域に時間を割くことを今後継続していく自信がありますが、
そもそも「7つの習慣」を読む大工自体少ないと思いますし、
読んだからといって行動するかどうかは人それぞれで、
先の結果も見えない状況で高橋社長は地道にコツコツ第二領域に取り組んでこられたわけで、
そのモチベーションはどこから湧いてくるのだろう?と疑問に思いながら読みました。
第二領域に取り組むことが重要だとわかっても、モチベーションがなければ楽な方に流されて正直面倒くさいことだと思います。
本書のコラム欄で、
大工の弟子が辞め、自分に不甲斐なさを感じ、それが原動力になっていることが書かれています。
また最近のブログでも、
若いアルバイト時代、自分の存在価値についての悔しい経験をしたことについて書かれています。
そういう悔しい経験が、この誰でも簡単に真似できない行動力を生み出しているのかと思います。
(生意気に勝手な分析してすみません)
僕の場合は1年程前に
「人生もっとなんでもできたはず」
という気持ちを経験することがありました。
これも悔しいという気持ちです。
それが今までと違う生き方をしたいという気持ちになり、第二領域に取り組む原動力になっています。
この悔しい想いを忘れず大切にすることが別れ道になるのではないかと思いました。
目指す方向は何であれ、「自分の人生の経営者」という意味で、第二領域に取り組むことは誰にも共通する重要なことだと思います。
本書は第二領域の重要性についてだけでなく、他にも色々と書かれています。
読む人によってどの内容が重要かは違ってくると思います。
「信頼」についても、人がどのように信頼を得たり失ったりしているのか考えさせられることがたくさんありました。
これも自分に欠けていることだと気付きました。
高橋社長が今まで考えたこと、実践したこと、学んだことなど為になることがたくさん詰まった内容でした。
高橋社長ありがとうございます。

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古民家再生ワークショップ

本日、古民家再生ワークショップに妻と二人で参加してきました。
場所は神戸市西区押部谷の集落。
助産院として開業されます。
ここ数ヶ月、古民家の仕事がしたいという気持ちが強くなり、どういう方向性で行こうかと思案していました。
そんなときfbでこのwsの存在を知り、仕事とはまた違うアプローチの古民家再生も体験してみたいと思い参加しました。
参加を表明してから、fbグループ上で参加メンバーの自己紹介やコメントを拝見していると、個性的な人が多く、自分は初対面の人と接するのが得意な方ではないので、若干その輪の中に入り難そうな感じがしていましたが、
実際現地で主催者が誰でもウェルカムという温かい雰囲気を醸し出していて、参加されてる方々も気さくな方が多く、初対面なのに以前から知っていたかのように話かけてくれて、こちらも気さくに話せて、個人的には今まであまり経験したことのない感覚でした。
今日の作業内容は漆喰塗り。
漆喰を練るところから、マスキングをして、塗るという流れ。
参加人数は30人ほどだったと思います。(プラス子ども10人ほど)
漆喰塗りの説明をされる いのじさんが、説明しながら全部自分でしようとしていたので、周りがもっとサポートすべきと思い、自分なりに他の方と足場を作ったり、邪魔な材料をどけたりしました。
はっきり言ってしまえば、参加者の労働力を効率よく使うという意味では全然ダメで、工期も大丈夫?な状態で、行き当たりばったり感を感じました。
しかしそれを許せてしまうのは、みんな素人だから。
そんなことよりも、役に立ちたいとか個性的な方々と交流したいという気持ちが強かったです。
仕事では、効率よく、段取りよくとなってしまいますが、このwsでは作業や交流を純粋に楽しめました。
また似たような価値観の人が多いように感じたことや、その価値観からくる想いを即行動に移す主催者をはじめとする個性的な人たちが惹かれ合うようにこのwsに集まってきていることが、より楽しかった要因だと思います。
自分は何度も同じことを言うのは嫌いですが、帰りの車中で嫁に3回ぐらい「楽しかったわ」って言いました。
時間的に一部の方としか交流できませんでしたが、初対面の人とでも以前からの知り合いのように交流ができたことが大きな収穫でした。
たぶん多くの方が交流したいという気持ちを強く持っていて、その相乗効果を体験できたんだと思います。

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今までの人生で愛という言葉をあまり使ったことがありません。
使うことを避けてきました。
僕だけじゃなく多くの人がそうだと思います。
その言葉を使うとき、愛について語るようで何故か恥ずかしい気持ちになります。
にも関わらずこんな内容のブログを始め、随分思い切ったと思います。
恥を気にしてたら始まらないし、とりあえずやってみようと思い始めました。
なぜ愛について語ることが恥ずかしいのか?
また、「恥ずかしい」って感覚はなぜ生まれるのか?
自分なりに調べて考えてみました。
「恥ずかしい」という感覚は、
自分が何かしでかしたときの周りの反応を、自分が受け入れられないときに沸き起こる感情のようです。
この「周りの反応」というのは、実際に反応があろうが無かろうが
「きっとこう思われるだろう」
という自分の思い込みもあると思います。
痛い奴とか、KYな奴とか、デリカシーのない奴って思われることへの拒絶反応だと思います。
周りの評価を意識したときに沸き起こるようです。
自分の評価を意識したときの拒絶反応は「罪悪感」のようです。
この「恥ずかしい」という感情が良い反応なのか悪い反応なのか分かりません。
自制が働くことが場合によって良いときもあれば悪いときもあると思います。
愛を語ることが恥ずかしい理由は?
一つは、愛について語る人が周りにあまりいないから、語ると自分が浮くからかも知れません。
愛をテーマにした歌はたくさんありますが。
一つは、あまり誠実でない人が語っても説得力がないからかも知れません。
それなりに誠実な人が語るべきってイメージがあるのかも知れません。
愛って言葉がもつ印象が綺麗過ぎて、自分との間に壁を感じるのかも知れません。
愛を語ったときの相手のどんな反応を恐れているのか?
宗教みたいって思われることか?
宗教みたいって思われることがなぜ不快なのか?
宗教に夢中になって周りが見えなくなっていると思われそうだからなのか?
別にそう思われても周りに迷惑かけず自分が幸せならいいと思います。
他にどんな反応を恐れているか?
語る資格もない奴が語ってるって思われること?
自分は誠実な人間だという自信がある人は、抵抗なく語れるのかも知れません。
実際自分は誠実な人間だという自信はありません。
そうなろうとしていますが。
あと、自分は周りの反応を気にし過ぎているというのもあると思います。
人生限られた時間の中で、人の意見ばかり気にしていられません。
恥をかいたことを後で思い出すのも嫌だし、
逆に何も行動しなかったことを後悔することも嫌ですが、
恥をかくことは経験であり、行動することも経験なので、
成長という意味では、恥をかきながらも行動することが答えになると思います。
死んでしまえば恥をかくという経験もできないわけで、経験は貴重なものだと思います。
苦痛な経験は嫌ですが、そこにも貴重な学びがあると思います。
簡単にまとめると
恥も勉強。
自分は人の反応を気にし過ぎている。
ということを改めて気づきました。

子どもとの接し方

我が家には3歳の男の子と2歳の女の子がいます。
この子たちを風呂に入れるとき、
着替えさせるとき、
食事をするとき、
おもちゃを片付けさせるとき、
何をさせるときでも、言うことを聞けば褒め、聞かなければその行動に疑問を投げかけたり批難したりしますが、
たまに人格まで否定してしまっていることに気づきました。
例えば、
言うことを聞く子と聞かない子をあからさまに比べたり、
言うことを聞く子に好きと言ったり、
聞かない子を嫌いと言ってしまったり、
これは自分の言うことを子どもに聞かせるためですが、
こういうことをしていると、
言うこと聞く子が愛され、聞かない子は愛されない、
と子どもは捉えるようになると思いました。
子どもにとって人格を否定されるのは大きなストレスです。
行動を否定しても人格を否定しないサジ加減というか境界線を意識して、最近は子どもと接しています。
このことがキッカケで、親子関係だけでなく、その他全ての人間関係でも結局同じで、人との接し方に改善の余地があると気づきました。
小さいですが少しずつ着実に習慣化したいです。
「相手の行動を否定しても、人格は否定しない」
これも習慣に付け加えます。
個人的には正直結構難しい習慣です。
子どもたちに鍛えてもらいます。笑
話はそれますが、男の子は大志(たいし)、
女の子は茉心(まこ)という名前で、
どちらも心という漢字を使いました。

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仕事復帰

アメブロ2016年2月1日の投稿
以下コピペ
一昨年秋に肝臓に転移が見つかってから今まで約一年半、放ったらかしにしていた現場があります。
それは自分が住んでる賃貸マンションの別室なんですが、
管理人さんが、僕が仕事復帰するときのために他の業者さんを入れずに置いてくれていました。
そろそろ仕事復帰に向けてぼちぼち体を慣らしていこうと思い、その現場に入らせて頂くことになりました。
それと同時に、子どもが通っている保育園からも仕事を頂きました。
子どもたちが階段から落ちないための柵に不具合があったのですが、キャスターが磨耗して開け閉めしにくく、床はキャスターの跡で磨り減り続けているので、
子どもを送り迎えする度に気になっていました。
保育園と付き合いしている大工か工務店があるだろうから、自分は出しゃばらずにいようかとも思いましたが、
起業塾で掲げた習慣
(自ら役に立つことを提案する)
を思い出し、
無料で応急処置程度のことをすると提案すると、
実は付き合いのある工務店が忙しいのかあまり来てくれないらしく、他にも仕事を依頼されました。
もちろん請求してとのこと。
先日その柵を補修したのですが、
多くの人が手に触れるところであり、1日100~200回は開け閉めしているところなので、中途半端なことはできないという責任とやり甲斐を感じました。
一年半ぶりの仕事なので、
仕事って面白いな、
自分の道具箱ってこんな重たかったんや、
そういえば以前仕事してたときってずっと疲れてたな、
ずっとイライラしてたなとか、
久し振りにいろんなことを思い出しました。
そんな一年半ぶりに仕事に行ける幸せを感じています。
まだまだ慣らし中で、当分は体調をみながらぼちぼちやっていきます。
工期のない近場の仕事大歓迎です。笑

1週間経って

アメブロ2016年1月30日の投稿
以下コピペ


前回、職人起業塾の課題で立てた計を習慣化するためにブログを初投稿しました。


自分の立てた計は以下です。

一年の計 : 新しい繋がりを大切にして信頼関係を築く(古い繋がりも)

十年の計 : 愛を軸にして生きる

終身の計 : 愛が循環する人生を送る

十年の計を実現するための習慣 : 損得勘定だけで判断せず、自ら進んで力になれることを提案する

なぜこの計になったのか、
7つの習慣の原則に従ったのですが、原則といってもいろいろあります。

原則とは、時代や環境が変わっても変わらない根本的なもので、例えば正義、誠実、奉仕、勇気など他にもたくさんあります。
いろいろな原則のなかから「愛」を選んだ理由は、正直自分でも説明できません。
今の僕のパラダイム(色メガネ)がそれなんだと思います。

ひとつ思い当たるのは、作家の犬飼ターボさんが
「愛とは価値観より偉大で、人々が自分の価値観よりも愛を重視すれば戦争はなくなる」
とおっしゃっていたことに感銘を受けたことが大きいと思います。

この計ができたときは、いい計ができたと思ったし今でも同じ気持ちです。

しかし外に発信するとなると、なぜか恥ずかしくなります。

異性の誰かを好きって言う時と同じような恥ずかしさです。

これもなんで恥ずかしいんでしょうか?
堂々と胸を張って言えばいいのに。

よくわかりません。

愛っていい言葉だけどそれについて語る人を僕はあまり知りません。

この一週間愛について意識しながら過ごしましたが、子どもと接していて気づいたことがありました。

自分が忙しいときに子どもが横槍を入れてくるとイライラしてしまって優しく接することができなくなっていました。

これは愛とは真逆の怒りとか落胆とかです。
子どもが何に夢中になっているのか気づくこともできませんでした。

忙しいときでも気持ちを切り換えることも必要ですが、その前に日々のスケジュールにゆとりを持とうと思い、1日の行動を見直しました。

ここ半年ぐらいは早起きしていて、

子どもたちが起きてくるまでの時間を今までしなかった読書など自分の時間にあてて、
子どもが起きてからいろいろ支度を始めてたのですが、
余裕をもって子どもと接するために見直した結果、
子どもが起きるまでに支度を終わらせて、起きてから子どもの着替えなどの世話をしながら余裕があるときに自分のことをすることにしました。

自分にゆとりがないと周りにある幸せや愛に気づかないと思います。

いくら忙しくても心にゆとりのある人はそれに気づく余裕があると思いますが、僕はまだまだです。
まずは今までの詰め込み型の予定の立て方をやめ、
気持ちにゆとりがもてるように時間にゆとりのある予定の立て方を意識していこうと思います。

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ブログ始めました

アメブロ2016年1月23日の記事
以下コピペ

昨日、有限会社すみれ建築工房様にて高橋社長主催の職人起業塾に初参加しました。



今回、参加者約30名それぞれが発表した課題は

「一年の計、十年の計、終身の計」と

「十年の計を実現するための習慣は何?」

でした。

皆さん目標意識が高く、普段からの習慣として目標、目的を強く意識していることが伝わってきました。

ほとんどがビジネスの具体的な目標だったのですが、

自分は「愛」というテーマだったのと、普段人前で話す習慣もなく、初参加ということもあって緊張しました。



今考えても「愛」という言葉を人前で言うのは複雑ですが、死について身をもって考えた自分にとっては自分らしいテーマを発表できたと思います。



それぞれの発表の後、「習慣化しなければこの有意義な時間が全て無駄になります」という高橋社長の発言がとても印象的で、

習慣を掲げても実行せず意識しているだけではもちろん意味が無く、

「皆さんの周りに日記をつけている知り合いはいますか?」

という問いにも考えさせられ、

ブログのように、人に見られてるプレッシャーがなければ継続は難しいかもしれないと思いました。



「愛」という壮大なテーマを掲げておきながら実行していないとなると、ただのチャラい奴になってしまい、十年の計、終身の計を達成することもできないので、習慣の継続化を高めるために、不定期でいいのでブログを始めることにしました。

「fbは流れてしまう」とおっしゃっていたし、fbよりブログのほうが習慣化しやすそうだと思うので。



更新は週に一度をとりあえずの目標にします。

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